梅田の百貨店競争と伊勢丹の撤退

こんにちは。今日は百貨店の競争についての話題です。

百貨店といえば都会の一等地に立地し、街の象徴として愛される存在です。まあ私など百貨店に涼みに行くことがあっても百貨店で買い物をするなんて機会はありませんが。

関西では三都(京都・大阪・神戸)を中心にさまざまな百貨店が存在することはみなさんもご存じでしょう。また、大丸、阪急、阪神というように関西発祥の百貨店も数多くあります。

そんな関西の中心地となりつつ梅田地区の百貨店競争について考えてみます。

梅田の百貨店はオーバーストアか

梅田は百貨店の過当競争といわれており、現在梅田にある百貨店は阪急うめだ、阪神百貨店梅田本店、大丸大阪梅田店、大阪三越伊勢丹の4つである。これだけでも充分多いと思われるだろうが、これに加えて近隣の大阪駅ビルのルクアや、グランフロントも百貨店と同等の機能を有しています。

梅田に立地する4つの百貨店の売り場面積を合計すると、26平方kmとなります。この数字をほかの地域と比較してみましょう。商圏人口も駅の乗客数も1.5倍ほどの東京の新宿と比較すると、新宿の売り場面積の合計は21平方kmとなっています。このことから梅田にある百貨店の規模がいかに大きいかがわかります。

次に売り上げを比べてみると梅田の4百貨店の売り上げは2012年のデータでは3270億円でした。一方新宿の4百貨店の売り上げは2012年で4675億円でした。

それでは梅田の百貨店は過当競争、すなわちオーバーストアの状況にあると言えるでしょうか。その前にオーバーストアの定義を見ておきましょう。

オーバーストア(和製英語:over store)とは、小売店などの商業施設が、ある商圏に対して需要より供給が過剰になるほど出店している状態(いわゆる「店舗過剰」)のこと。 wikipediaより引用

この定義からすると梅田の百貨店は、売り場面積と売り上げの点で見る限り、新宿に比べてオーバーストアの状況にあると言えるでしょう。もちろん単純に比較するだけでは何とも言えませんが、三越伊勢丹が業績不振で撤退したことを踏まえるとやはりオーバーストアの状況にあるとみなすのが妥当でしょう。

三越伊勢丹撤退の原因は

そんな中、先日三越伊勢丹が業績不振のため、大阪エリアからの撤退を表明しました。この理由の1つとしては梅田地域の百貨店のオーバーストアといった状況によるものと考えられます。ほかの理由としてよくニュースで耳にするのが、伊勢丹の販売方法が関西に受け入れられなかったというものです。これについて当方は詳しくないので他記事を引用させてもらいます。

●高島屋と伊勢丹の因縁

大阪三越の敗因について百貨店業界内では、「伊勢丹流のディスプレー(陳列)が、大阪では受け入れられなかった」といわれている。進出を決めた05年当時は三越単体で進出のはずだったが、経営不振の三越が伊勢丹と経営統合したことで、店づくりの主導権はファッション衣料に強い伊勢丹が握った。伊勢丹のセールスポイントはテナントに頼らず、社員が自分の目利きで商品を仕入れる自主運営であり、販売までを一貫して行う。しかし、関西ではブランドごとに区分して売るのが主流。複数ブランドが商品別に並ぶ自主編成の売り場は、買い物客にはわかりにくかったといわれている。 Buisiness Journal より引用

なるほど、しかし京都駅ビルに入居する伊勢丹は賑わっていて、開業当初ライバルだった近鉄百貨店との競争に勝ちました。ということは他にも何か要因はありそうですね。

もう一つ考えられる要因としては、大阪三越伊勢丹の立地の悪さがあります。梅田地区では大阪駅の東側から阪急梅田駅にかけてがもっとも人の行き来が激しくなっています。つまり梅田の東地区(東梅田)が賑わっているのです。三越伊勢丹は大阪駅ビルの西側に立地しているため、この人の流れからおいてけぼりを食らった格好となったのです。参考→(http://www.11ne.org/2014/01/23/column-department-store/)一方で好調のルクアは大阪駅ビルの東側に入居しています。この立地の違いといのが、伊勢丹撤退の大きな要因ではないでしょうか。

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