大津旧陸軍墓地を訪問した

大津に旧陸軍の墓地があるということで訪問した。場所は大津市の皇子山というところ。ちなみに地名の皇子山は大津宮を築いた天智天皇の息子、大友皇子に由来している。

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JR大津京駅を降りて山の方へ向かっていく。途中、皇子が丘公園の綺麗な紅葉を眺めながら足を進めていく。

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この日は10月下旬で紅葉の見頃ではないが、青葉と色づいた葉っぱが綺麗にマッチングしている。

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しばらく坂を上っていくと、見晴らしのいい場所に出てきた。大津京駅周辺にはベッドタウンらしく、高層マンションが立ち並んでいる。隠れて見えないが、マンションの裏側には琵琶湖が広がっている。

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ここまで駅から10分ほど歩いただろうか。さらに坂は急になっていくが、頑張って上っていく。イチョウもやや黄色く色づき始め、銀杏実もたくさん落ちていた。

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ここでようやく旧陸軍墓地の看板が見えてきた。どうやらもうすぐ到着のようである。

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湖西バイパスの下のトンネルを通っていく。けたたましい車の音が鳴り響いていた。

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トンネルを抜けると、陸軍墓地の周りの植え込みが見えてきた。

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確かに大津陸軍墓地であることを確認して、墓地の中へと入っていく。

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墓地は上段と下段に分かれていて、まずは下の段を散策してみた。石のタイルが敷かれて整然とした様子であった。

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まずはお釈迦様からお参りすることにした。

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こちらは歩兵が眠っているお墓である。高さ1mにも満たない小さな墓である。調べてみると日清戦争で戦死した兵士が眠っているらしい。

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こちらも同じく明治、大正時代に戦死した霊が眠っている。

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後で調べて分かったのだが、実はこの陸軍墓地、今の2段に加えて昔はさらに下に一段墓地があったそうだ。横を通る西大津バイパス建設のときに最下段が取り壊されて、改装するような形となった墓地もある。この超日月光霊士と書かれている墓石もそのひとつである。

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こちらは大東亜戦争戦没者の合葬である。日清戦争や日露戦争、それに第一次世界大戦など明治、大正時代の死者を葬ったものが多いがこのように昭和のものもある。

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次に上の段にあがっていく。こちらは将校の墓地となっている。

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落ち葉もあまりなく、きれいに整備されている。この地に日本軍の英霊達が眠っていると思うと大変感慨深い。

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上段から下段を見下ろす。墓石は綺麗に並べられており、当時の日本軍が整列してるようにも見える。

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記念碑は西大津バイパスの工事に伴う墓地改築の際に建てられた記念碑である。記念碑の反対側には将兵559柱、各戦争記念碑5基が静かに安置されていることが記されている。現在、この墓地は大津陸軍墓地護持奉賛會、および大津市によって維持管理されている。
最後に全基に向かって合掌してこの場を去った。

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