あかん末期状態!和歌山の旧赤線地帯天王新地を散歩してみた

関西には~新地という遊郭が存在します。旧赤線地帯のことで、関西では飛田新地(大阪市)やかんなみ新地(尼崎市)などが有名です。

※赤線

赤線(あかせん)は、GHQによる公娼廃止指令(1946年)から、売春防止法の施行(1958年)までの間に、半ば公認で売春が行われていた日本の地域である。赤線区域、赤線地帯などとも。

さて、今回紹介するのは和歌山の新地、その名も天王新地です。3月16日に現地を訪れてきました。

天王新地の場所


天王新地があるのは和歌山市。JR和歌山駅から1駅の、紀勢本線の紀和駅と阪和線の紀伊中ノ島駅が最寄りの駅です。国道24号線から見える古びたアーケードが目印になります。ちなみに紀勢本線の紀和駅は旧和歌山駅。なので和歌山のかつての中心地に近い場所に天王新地は位置していることになります。当時の中心地ではかつての賑わいはもうありません。まさに栄枯盛衰。もちろん和歌山自体さびれ気味で、JR和歌山駅前でさえ斜陽気味と言っていいでしょう。

天王新地のまちなみとは

実際に足を運んで撮影してきた写真を紹介していこうと思います。

JR和歌山駅から、阪和線に乗ってひと駅、紀伊中ノ島駅に到着です。まずは北へ向かって歩き、東西に延びる国道24号線に出ます。そこから西へ歩いて24号線とクロスする柳通を超えると天王新地に着きます。

国道24号線の歩道橋からは天王新地付近の街並みを見ることができます。古い住宅が密集しており、昔ながらの街並みが広がっていることが容易に想像できます。

しばらく歩いていると看板発見です。しかもこちら側が「天」、そして向こう側は「理組合」、それ以外は看板が剥がれてどっかへ行ってしまっているようです。推測するに「天王料理組合」なんでしょう。

すこし離れた場所にも看板がありました。やはり「天王料理組合」で間違いありませんでした。

それでは看板の下を通って坂をくだってきます。細い路地がいい味を出していますね。

坂の下から撮影するとこんなかんじです。ここには野良猫がいたんですが、獲物を狙うかのような目で睨まれて怖かったことを思い出します。

事前の調べではここの赤線は壊滅状態に近いと聞いていたんですが、しっかりと遊郭らしき建物が残っています。

ぱっと見普通の民家ですが、「中村」と書かれた看板が、ここが遊郭であることを思い出させてくれます。

この辺は路地裏が多いのですが、かなり古い建物が多く民家なのか遊郭なのか遊郭の跡なのか、訳がわからなくなってきました。

このようにトタンつくりの家もあります。

雰囲気があるというか、ここまで来ると若干「荒れている」という言葉が似つかわしいようにも思えます。

関西で赤線というと京阪神に多いのですが、関西の中でも影の薄い和歌山でもこのような場所があるのは驚きです。

しっかりとした建物もあれば、廃墟と化した建物も数多く見られました。

他サイトからの引用です。

かつては50軒以上あった料亭も今では5軒ほど。
ほとんどは廃墟だったり普通の民家も多い。

以上が天王新地のまちなみでした。

おわりに

かつて男たちの夢の場所であった赤線地帯。1958年の売春防止法以来、おおやけには売春はできなくなりました。しかし、大阪の飛田新地なんかでは建前上は料理屋ではあるものの、事実上風俗店としての営業が続いています。

ここ天王新地でも料理組合として、事実上売春が行なわれていたことが想像できます。かつて賑わいを見せていた旧赤線地帯は、現在さびしげな雰囲気を漂わせています。いまもわずかな数ではありますが、営業を続けているお店もあるようです。もしかしたら、近いうちに天王新地は完全に終わりをつげることになるかも知れません。

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