部落探索 芦原橋この町が太鼓の産地になったワケとは


太鼓の町、芦原橋

世間ではゴールデンウィーク真っ只中というとき、私は大阪のとある町に訪れました。とある町とは浪速区の芦原橋。大阪環状線天王寺駅から西へ3駅のところにあります。実は芦原橋、大阪市民ならご存知かも知れませんが、駅周辺に太鼓メーカーが多く存在しており、太鼓の町としても知られているんです。

駅を降りると、環状線の高架沿いに早速発見。田畑太鼓工芸と書かれた看板があります。

さらには道路の向こう側にも太鼓の文字が見えます。太鼓正と書かれています。調べてみると、こちらも太鼓メーカーです。

太鼓練習場もあって、あとで調べてみると太鼓教室も開かれているとのことです。

市営バスの停留所のベンチも太鼓風、まさに太鼓の町といった感じがします。

太鼓の町のワケ

ここが太鼓の産地、太鼓の町になったワケをここでお伝えしておきます。ちなみにテレビのような大手メディアで伝えられることはありません、なぜならタブーだからです。皮革産業、このワードを聞くともうお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、実は芦原橋駅周辺は江戸時代の身分制度で、エタ・非人と呼ばれる人たちが住む被差別部落地域だったのです。

現在は住所にないものの、「西浜」と呼ばれる西日本最大級の被差別部落がありました。その西浜が現在の芦原橋駅周辺、主に南西側にあたるというわけです。

次に駅の南の方向へ向かって歩きます。駅の南側ガード下には古くからの商店が見られます。ゴールデンウィークということで営業お休みなのでしょうか、それともすでに閉店しているのかはわかりませんが、錆びた鉄筋と穴の空いたカバーが哀愁を漂わせています。

ここ芦原橋も以前当サイトで紹介した
崇仁地区同様、行政の同和対策事業が進み、現在公営住宅が立ち並んでいます。

航空写真で見るとわかるように、芦原橋駅南側には数多くの市営住宅を確認することができます。今はもともとあった集落は姿を消し、空地と同和地区の対策事業として建設された市営住宅が混在しています。

市営住宅の中には、差別撤廃と書かれた掲示板があります。地区内にはいくつかこの掲示板や看板が見られました。

道沿いに立っている看板を見ると、いくつか見どころがありそうです。まずは太鼓屋又米屋敷跡というところに行ってみます。

現在は浪速玉姫公園の中に、江戸時代もっとも有名だった太鼓職人、太鼓屋又米屋の敷跡があったそうです。

現在、では木製のモニュメントがあります。

次に市営住宅を抜けていき、人権博物館・リバティ大阪へと向かいます。

ここにも太鼓の銅像があります。街並みから、太鼓の町を売りにしていることがよくわかります。

人権博物館近くにある市営住宅はわりと新しいようで、植え込みなんかもあって小ぎれいに整備されています。

市営住宅を散策している間にみえてきました。大阪人権博物館・リバティ大阪です。

残念ながらこの日は休館日だったので、リバティ大阪の概要をホームページより引用しておきます。

リバティ大阪

今年は「同和対策事業特別措置法」を引き継ぎ、その残された課題、特に今後の同和問題の中心的課題である雇用対策、教育対策及び啓発活動に的確に対応するよう、新しく「地域改善対策特別措置法」が施行されるという、同和問題の解決にとって、いわば新法元年ともいえる年であります。また、わが国の『人権宣言』ともいわれる「全国水平社宣言」が発せられ、これに呼応して大阪における部落解放運動の中心となった「大阪府水平社」が創立されてちょうど60年目という記念すべき年にもあたっています。
当法人は、この意義ある年にあたり、大阪府・市のご理解を得、かつ各界、各層のご協力、ご参加を得ながら、この大阪の部落解放運動の貴重なモニュメントである旧栄小学校々舎の一部を保存するとともに、これを改修し、仮称「大阪人権歴史資料館」を建設、運営しようと念願するものであります。

実は私、中学生のときの校外学習でここを訪れたことがあります。当時まだ始まったばかりの総合的な学習の時間の一環として訪れました。まだ中学生だったので、特に興味もなく遠足感覚でここに来ていました。果たして総合的な学習に効果があるのでしょうか・・・

という問題はさておき、リバティ大阪はどういうところか簡単に説明すると、館内には被差別部落問題や在日コリアンの問題など差別に関する資料が展示されていて、このような差別を無くし共感を持って一人ひとりを尊重して生きて行きましょう、といった内容です。

太鼓の町として知られる芦原橋。皮革産業、いわゆる部落産業によって太鼓のメーカーが多く存在するようになりました。差別という逆境にもめげない、まさに大阪商人の魂が根付いている土地であったわけです。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

『部落探索 芦原橋この町が太鼓の産地になったワケとは』へのコメント

  1. 名前:浪速区のディープタウン大国町の街並み | 西の禁書目録 投稿日:2017/05/04(木) 07:16:24 ID:77fd4bdea

    […] GW真っ只中の5月1日、私は大阪の大国町という街を訪れました。この日、芦原橋という町を訪れた後、歩いて大国町へ向かいます。 […]