宗教都市・天理訪問記【おぢば・おやさとやかた】

天理教は江戸時代末期に立教した新宗教である。いわゆる新興宗教と呼ばれるもののひとつだ。ただ、新宗教の中では最も古い部類に入り、新宗教、新興宗教と呼ぶには少々違和感がある気もする。

天理教と言えば、天理市民の多くが信者であることが知られている。もちろん、正確な情報はないが、市の名前も天理市になっており、天理教を中心とした街であると言ってもよいかもしれない。

日本で新興宗教と言えば、その知名度、社会的影響力、信者の数で圧倒する創価学会が最も存在感がある。ただ、創価学会の本部がある東京・信濃町はオフィスや住宅が混在しており、街全体が創価学会一色といった感じではない。

その点、天理市では「おぢば」を囲むように「おやさとやかたが」が建ち並んでおり、天理教独自の街並みを見ることができる。さらに天理駅にも信者を迎い入れる言葉が書かれており、さながら宗教都市の名に相応しい雰囲気が感じられるのだ。

さて、この日天理駅天理本通り商店街を通った後、天理教本部の「おぢば」へと到着した。この日は「こどもおぢばがえり」というイベントが開催されており、多くのこどもで賑わいを見せていた。

「おぢば」は天理教発祥の地であり、天理教の教義によると人類創造の地として知られている。上の写真は天理教教会本部の拝殿。いろいろ調べたが、天理教本部の建物の名称がいまひとつ分からなかったので、拝殿と呼ぶことにする。拝殿の向こう側には緑色の屋根をした教祖殿が存在する。

境内で写真撮影をしている人は私以外おらず、ほとんどが天理教信仰者であった。少々部外者感を感じながら堂内に立ち入ると、拝殿では信仰者が歌や踊りで祈りを捧げていた。

境内の端には天理教○○分厳社と書かれた提灯が掲げられている。分社の名前がずらーっと並んでいた。

境内の外には鳥居のような建物がある。拝殿は仏教のような建物だが、この鳥居を見るとやはり神道系の宗教だということを感じさせてくれる。

そして鳥居から南の方を見ると、「おやさとやかた」の一部が見えている。「おやさとやかた」とはぢばを取り囲むように東西南北に建ち並んだ建物で、教育、医療、研究、詰所などとして使用されている。こちらのおやさとやかたは天理大学の一部と、信者の詰所になっている。

この日は「こどもおぢばがえり」。おやさとやかたから天理教本部へのびる道では子どもによるパレードが行われていた。全国から子連れの信仰者が集まっており、天理市内に100以上ある詰所と呼ばれる宿泊施設に滞在していた。

ここまでは南側のおやさとやかた。次に東側のおやさとやかたへ行ってみた。真近くでおやさとやかたを見ると、もはや千と千尋の神隠しの世界ではという感覚に陥ってしまった。とにかく壮大な建物を見ることができる。

こちらのおやさとやかたは天理よろづ相談所病院。天理市最大、奈良県内を代表する総合病院だ。そのうち南館・本館がおやさとやかたの建物内に入っている。この神々しい外観からは想像できないが、建物内には203床の病室があり、血液浄化センター、放射線部(治療部門)、RIセンター、リハビリセンター、心理相談室がある。

現在おやさとやかたは「ぢば」の周り、東西南北に26棟が竣工している。約872mの東西南北の四方の線上に68棟を竣工させるという壮大な構想がある。

最後に、拝殿・教祖殿へと続く道が真っ直ぐにのびているのを見て、帰路に就くため、天理駅へと向かっていった。

天理市はとても雰囲気がよい街であった。イベント中だったということもあるだろうが、信者さんたちの表情も生き生きしていて明るかった。新興宗教の大きな特徴は信者間の連携が強固であることだ。もしかしたら人と人のつながりが薄れた現代の地域社会で、宗教による地域の絆の再生なんてことも可能になるかも知れない。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。