老ノ坂隧道

京都駅からバスに揺られること40分。老坂峠のバス停で下車した。都会から郊外へ、そして森へと少しずつ風景が変わっていく様子を眺めながら、前日に調べた老ノ坂周辺の謂れについて思い出していた。

京都にはいくつか魔界と呼ばれるエリアがあり、その多くは平安京と京の外側の境目にある。平安京では風水や陰陽道の教えに基づいて強固な結界が張られていたことはよく知られているが、その外側はというと手薄であった。平安京で溜まった負のエネルギーが結界の外側へ向かって吐き出されてきたのだ。

このサイトでもいくつかの曰くつきの場所を紹介したが、その多くが京都の都心部からは離れたところにある。

実は山陰へと抜ける老ノ坂でも数々の曰くがあるのだ。今回紹介する老ノ坂隧道でも亡霊が見えるという噂がある。考えてみれば、京都でも屈指の心霊、ミステリースポットである首塚大明神廃モーテルが近くにあるとだけあって、それなりの不浄な力が働いてもおかしくないだろう。

老ノ坂隧道がある場所

老ノ坂峠のバス停を降りて、少し歩くと老ノ坂隧道が見えてくる。隣には国道9号線があり、車がひっきりなしに走っていた。

地図で確認しておくと、老ノ坂隧道があるのは赤く囲った場所。ちょうど京都盆地と亀岡盆地の境目にあるのが分かる。

トンネルに入ると、驚くほど明るい。外から中を見るより、数倍の明るさである。

向かって左側には非常ベルが設置されている。

向かって右側には避難経路の指示が。歩行者専用の道路にしてはしっかりとした防災対策がなされている。

蛍光灯、そして外の光にに照らされ、トンネル内は白く光っていた。

それとは対照的にシミのようなものも見られた。

反対側に出ると、何やら難しそうな言葉が書かれていた。意味が分からなかったので、他サイトを引用しておく。

「遠邇之利往来之便」

yoshim氏のサイトに京都国道事務所からの回答として意味が掲載されている。そのまま転載すれば、 「(この道ができたことにより)遠いところにも近いところにも利益をもたらし、往来の便がよくなった。」という意である。

轍のあった道様より

現在では新トンネル完成によって、自転車歩行者専用のトンネル、老ノ坂隧道として役割を果たしている。

松風洞と和風洞

西側からは新旧の老ノ坂トンネルが並んでいるのが見える。左が隧道、右が9号線のトンネルである。老ノ坂峠のトンネルに関しては2つのトンネルの歴史を振り返っておく。

・1883年 松風洞が開通 右(現車道)
・1933年 和風洞が開通 左(現歩行者道)
・1965年 松風洞を改良して2車線の車道にした
   その後、和風洞は歩行者専用道路になった

実は現在車道の方が先に開通しているのである。もちろん、先に完成した松風洞をそのまま車道として使ったわけではなく、拡張、改良したのだが。

時代は移り変わりを見せ、1988年には2つのトンネルのすぐ南に京都縦貫道の新トンネルが完成した。

再び中へ入っていく。

老ノ坂隧道、つまり和風洞は1965年の松風洞の改良後もしばらく車道として使われていた。これが非常ベルや避難経路など、歩行者専用トンネルにしては防災対策がしっかりしている理由である。

老ノ坂自体、少々気味の悪さを感じたが、老ノ坂隧道自体はいたって普通のトンネルといった感じであった。このあと、老ノ坂にまつわる2つのミステリースポットを訪れ、再び京阪バスに乗ってこの地を後にした。

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