岐阜駅前の旧赤線地帯・金津園をおとずれて

金津園と言えば、西日本最大と言われるほど大規模な歓楽街を形成しています。

神戸の福原や東京の吉原と同じく、もともとは遊郭街としての歴史がある金津園ですが、大きな特徴は何回も場所を移転しているということです。

古い順番にたどっていくと、

・厚見郡上加納村字金津 金津遊郭のはじまり1888年
・西柳瀬 (岐阜随一の繁華街の中)に移転
・東中島 (中心からはかなり郊外の方)に移転
・紡績工場跡地(現在の場所)に移転

他の遊郭街と同様に、戦後GHQの管理体制のもと、旧赤線地帯として営業が行われていました。その後、1958年の売春防止法の成立により、ソー〇ランドとして姿を変えてこれまで営業が続けられてきました。

岐阜の玄関口から徒歩5分

今回訪れたのは岐阜

まずは金津園の場所を見ておきましょう。現在、金津園があるのは加納水野町1丁目、2丁目、4丁目。地図上赤で囲った場所です。地図を見ると、いかに岐阜駅から近くにあるかということが分かります。

その岐阜駅を出て、南口から西へ5分ほど歩くと、いかにもそれらしき建物が見えてきました。

お店の前には、強面のお兄さんが立っており、堂々とは写真撮影できない雰囲気でした。金津園は午前11時のオープンだそうで、このときも営業中だったわけです。

こんなのだったら朝方訪れておけばと思ったのですが、、、撮影しづらい雰囲気の中、公園のベンチに座ってこっそりとスマーとフォンを取り出して撮影します。

まあ、しかし古びた感じの建物で、寂しげな雰囲気も感じられました。岐阜、、まあ地方都市ですが岐阜駅という中心地からすぐの所とは思えません。

駅前の道路を渡っていき、いよいよ金津園の区画内へと入っていきます。

「岐阜特殊浴場防犯組合」特殊浴場というびみょーな呼び名は何とかならないのでしょうか。

岐阜特殊浴場防犯組合の横には稲荷神社が。金津稲荷大神、とか秋葉神社とかの旗が立っていますが、地図上探しても、googleで検索しても出てきませんでした。

それにしても金津園の南口には駐車場が多いこと。いかにも地方都市の駅前といった感じで、ここに車を止めて、名古屋方面へ通勤する人も多いんでしょうね。

金津園の古い建物の向こうには再開発でできた高層マンションがそびえ立つ光景が見えます。

夜はネオンがギラギラと灯りますが、昼間に見るとちょっぴり殺風景にうつります。

金津園と隣接した場所には、普通の民家も見られました。

そして、空地もちょくちょくあります。ここは駐車場にするには土地が狭すぎるし、第一店舗に近すぎて、一般客は利用しづらい雰囲気です。

現在、金津園には約50店舗あり、例えば日本最大のソー〇街として知られる吉原なんかは金津園の2倍の店舗数があるそうです。

昔の遊郭としての姿は完全に消えてしまっているのかな、、、と思ったのですがそういうわけでもなく、例えば写真の右側の「想い出」という旅館は赤線時代の面影がまだまだ残っています。


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