【崇仁地区再訪】これから変わりゆく街並みを見ておきたい・・・



かつての身分制度の名残が見られる崇仁地区。1900年代後半に行政による改良住宅の工事が進み、かつてあったバラックは今ではほとんど姿を消した。現在、他の同和地区と同様に見られるのは改良住宅と呼ばれる公共の施設である。

それも今では老朽化して、さらには住民の高齢化や人口の流出でいよいよ本格的に地域が衰退している。事実、崇仁地区の人口推移は四半世紀で半分まで減少した。

この衰退の危機から逃れるため崇仁地区では未来へ向けた新たな取り組みが始まっている。そのことも紹介しながら、街の様子を見ていこうと思います。

京都駅から歩いて5分

さて、以前崇仁地区の記事で紹介しましたが、今回も同様に地区内を歩いてみました。

2018年2月12日、京都駅を降りて塩野小路通りまで出てから東へ向かって歩いていきます。月曜日なのにやたら人が多いと思いきや、この日は振替休日だったそうです。

塩小路通りを東へ向かって進んでいきます。ここで地図で場所を確認しておきましょう。

・京都駅から崇仁地区へのルートは青色の矢印です。
・四角で囲ったエリアが崇仁地区。
・丸で囲ったエリアが今回散策した箇所です。

さらに進んでいくと、いよいよ崇仁地区が見えてきました。よく見るとこれまでなかったテントのようなものがあり、人が集まっています。

近づいてみると、崇仁新町というコミュニティスペースのようで、テントの中には色々な食べ物屋さんが入っています。崇仁のソウルフードなんかもあり、屋台村として今年1月25日にオープンしました。詳しくはこちらから⇒崇仁新町

手作りでお洒落な建物に仕上がっています。しかし崇仁新町は期間限定だそうで、何とかこのまま残せないものかと思ってしまいます。食事スペースがある建物内に入ろうと思ったのですが、1人では入りづらい雰囲気だったので止めておきました。コミュニティスペースなので友達や家族とみんなで食べるといった雰囲気のようです。

ふと、反対側を見ると、高倉通りの向こう側に普段通りの光景が見られました。第一旭(ラーメン店)の長い行列。崇仁新町に第一旭に、賑やかな光景が見られます。

高倉通りは南北に延びる通りで、新幹線やJRにかかる橋につながっています。そのため地区付近では道がスロープのようになっています。道から見下ろすと、昔からあるお店の暖簾を見ることができます。コインランドリー、お好み焼き・鉄板焼き「カメちゃん」。

道を降りて地区内に入っていきます。お好み焼きやさんの黄色い暖簾の横には山本というおこのみ・まんぼ焼きと書かれた暖簾。まんぼ焼き・・聞いたことがなかったので調べてみると、大阪か京都の発祥で、お好み焼きに近いものですが、ホルモンや油かすがといった崇仁地区のソウルフードが入っているのが特徴です。

参考サイト⇒
京都民は「お好み焼き」より「まんぼ焼き」が好き!地元民から愛され続ける隠れ名物はやっぱり旨かった

高倉通に沿って進んでいきます。ここからは公営住宅内を散策することにしました。

崇仁地区の大きな話題と言えば何といっても京都市芸大の移転でしょう。崇仁地区下之町にあたる公営住宅の古い建物が取り壊され、現在洛西にある京都市芸大のキャンパスが新たにできます。

予定では平成32年に工事が開始され、平成35年に使用され始めます。

新しい建物もありますが、地区内で目立つのはやはり老朽化した建物や看板です。

ところどころで、小さな祠や神社が見られます。もちろん、古くからこの地にあったものでしょう。

神社もあったので、寄ってみました。古びた2本の鳥居と2つの赤ちょうちんが印象的で、よい味を出しております。

トタンで作られた拝殿からは少し哀愁が漂っていますが、新しいお花が供えられており、地域住民によってしっかりと手入れされているようです。

疑問に思ったのですが、大学のキャンパスができると、これらの神社や祠はどうなってしまうのでしょうか、、。
先祖から受け継がれてきた神聖なものを取り壊すということは、されないと思いますが。

崇仁地区の市営住宅は現在20棟ほど。そのうち老朽化が進み取り壊される予定の、ここ下之町西地区ではかなり住宅が密集しています。

河原町通り沿いに出ると、提灯が吊るされていました。隣には船鉾・曳山収蔵庫があり、祇園祭にはここから船鉾や曳山が出されることになります。

次に河原町通りから塩小路通りへと出ていきます。小さな商店があり剥がれけのペンキの文字を見ると、皮革商と書かれています。この辺りは歴史的に皮革産業が盛んで、歩いていると靴屋さんとか上着屋さんなどのお店を目にすることができます。

今度は河原町通り沿いを南へと進んでいきます。さきほどの高倉通り沿いと同様、河原町通り沿いにも公営住宅の1階部分に商店が立ち並んでいます。

しかし、ほとんどのお店でシャッターが下りており、営業中なのか分からない状態でした。

地区内はきれいな整備されており、こんな感じの広場もあります。

しかし、広場沿いの道路を見ると、ナンバーが外れた黒塗りの車が。。張り紙には「あと数日で撤去する」との旨が書かれていました。

JR各線下のスロープから崇仁地区を見上げるとこんな感じです。一番奥には京都駅の駅ビルがあります。考えてみれば京都駅まで徒歩圏と立地面は最高なわけです。

今度はJR各線の南側へ出てきました。そういえば学生時代に電車から朱色の建物を毎日のように見ていたのですが、一体何だろうといつも思っていました。

近くで確認してみるとお寺だったようです。浄土真宗本願寺派の西光寺というお寺だったようです。

京都駅の北西側にある西本願寺を本山とするお寺とのこと。

今回歩いたエリアでは公営住宅の取り壊しが予定されています。この土地に刻まれた歴史の一部始終を写真という形で記録に残すことができました。かつての身分制度という闇の部分を抱えた崇仁ですが、京都市芸大の移転をはじめとして、これから光の歴史を作っていこうという動きが盛んにおこなわれています。今後の崇仁に注目です。

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『【崇仁地区再訪】これから変わりゆく街並みを見ておきたい・・・』へのコメント

  1. 名前:ウェスト 投稿日:2018/03/05(月) 13:41:21 ID:d701b9471 返信

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