阪神淡路大震災から22年 新長田駅周辺を散策した


昨年12月、神戸方面を訪れたのですが、記事更新が追い付かずに結局放置状態になっていた写真がありました。この日は須磨やJR神戸駅周辺を散策していたのですが、途中で新長田駅に寄っていました。

新長田駅や長田区と言えば、阪神淡路大震災で大きな被害を受けたというイメージが私の中であります。当時、関東地方に住んでいて阪神淡路大震災と聞いてもピンと来ない人間にも関わらずです。2005年時点で、長田区では震災が原因で亡くなった人900人を越え、神戸市全体の死亡者4500人と比べても、かなり被害が大きかったことが分かります。

長田地区では とくに火災被害がすさまじく、光景はテレビの視聴者に大きな衝撃を与えました。

長田区内の家屋の全半焼は、神戸市内の全半焼の約6割に相当する4,772棟・約30ヘクタールにも及びました※

鉄人28号がある風景

新長田駅を降りると、銀色の巨大なオブジェが見えてきます。最初これが何なのか分からなかったのですが、近寄って見てみます。

世界に誇れ!コテと鉄人「グー」なまち。余計に分からなくなってしまいます・・・。

次に新長田駅から南西にJR沿いを歩いていきます。

数分歩くと、東急プラザ新長田の前に広場が見えてきました。

そして、広場の中には大きなモニュメントがあります。

鉄人28号。さきほどの「コテと鉄人」の鉄人はこれを意味していたようです。ちなみにコテとは「そばめし」「お好み焼き」など鉄板を使う料理が有名であるということを意味するんだとか。

鉄人28号の正体とは・・・というわけで調べてみました。

神戸出身の漫画家、故・横山光輝さんの1956年の作品「鉄人28号」に登場するキャラクターを再現したものです。

震災があった後、地元商店街らによって立ち上げられたNPO法人「神戸鉄人プロジェクト」が震災からの復興を願って建築したものです。

周辺の広場は鉄人広場と呼ばれ、都会のオアシス的な存在になっています。震災の跡はまったく感じられず、遊具では子供たちが遊ぶ様子も見られました。

さらに周辺の商店街には横山光輝さんの代表作、三国志に登場する武将の石像などもあるということです。

また鉄人28号モニュメント制作風景映像を流したり、鉄人28号関連展示やグッズ販売をする「KOBE鉄人三国志ギャラリー」もあります。

震災後の再開発された街並み

震災直後の商店街は、倒壊した建物も多く、甚大な被害が報告されています。実は新長田周辺は工場、店舗、商店、長屋、アパートが混在して密集していました。木造の建物も多く、倒壊して、さらに火災も深刻な状況になってしまったのです。

その傾向は特に駅近くで顕著で、壊滅的な状況になってしまったことから、全面的な再開発事業が行われることになりました。

再開発事業はマンションと商店街が一体になった複合商業施設「あスタくにづか(1~6番館)」に生まれ変わることになりました。

再開発事業に関しては、不動産価値下落や空き店舗の問題があるようで、詳しくは以下のURLをご覧ください。

http://biz-journal.jp/2014/02/post_4241.html

商店街とマンションが一体になり、アーケードがあるものの、近代的な雰囲気が感じられます。

下の航空写真で緑色で囲った場所が新長田駅。線が今回歩いたルートです。駅から近いところでは再開発が行われていることが分かります。一方で駅から少し離れたエリアでは、まだ古くからの商店や住宅などが残っています。

国道2号地下連絡通路から

ふと、東急プラザに歩いてみると新長田トリックアートストリートと書かれた看板がありました。一体なんだこれはということで地下へ入っていきます。

地下を歩いていると、見えてきたのは竜でした。

この絵の前で撮影して遊ぶそうです。

もちろん、ぼっちで訪れた私は撮影することができませんでしたが、子どもは喜びそうです。

こちらはトラ。

さらに、地下通路を歩いていると、震災に関する資料が展示されていました。

震災直後の様子も写真で残されており、いかに大きな被害をもたらしたかが分かります。火に煙、やはり目立つのは火災の被害です。

写真で見ると、より当時の様子が見えてくるものです。

最後に東急プラザにある鉄人テラスから鉄人28号を見て、この街をあとにしました。

新長田駅周辺の街並みからはすでに震災の爪痕は感じられることはできなくなっていました。しかし、復興のシンボルである鉄人28号、そして地下通路の展示はこの街で大きな被害があったことを知らせてくれます。

鉄人28号もこの街の復興を見守ってきたことでしょう。

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