【角田美代子の活動拠点】尼崎の下町・杭瀬を訪れた

尼崎センタープール前を訪れた後、同じく尼崎市の杭瀬駅で阪神電車を下車した。尼崎センタープール前が尼崎西端にあたるのに対して、杭瀬は尼崎市東端。左門殿川を挟んで大阪市西淀川区に隣接する。

杭瀬駅は高架になっており、ホームの階段を下りていくとYotte!という駅の商業施設がある。寄ってということなんでしょうが、何かストレートで面白い。

駅の外に出ると、何やらプラスチックの臭いがする。そういえば、駅の南側には日鉄鋼板やレンゴーの大きな工場があり、このあと駅から北方向に歩いて行ったら臭いはしなくなったのでこれが原因ではないかと思われる。

尼崎は高度成長期に工業都市として栄えた街で、当時は九州や沖縄など西日本各地から労働者が集まってきたという。そしてそのまま尼崎に住み着くことになった者も多かった。そういう意味では、兵庫県下にあるといえども、街の形成過程は大阪によく似た特徴を持ち、街並みも大阪市内のそれとよく似ている。市外局番も大阪市と同じ06ですしね。

実はここ杭瀬は、あの尼崎事件の主犯格、角田美代子の活動拠点のひとつとなっていた。そして実際に住んでいたという。一体どんな街なのか想像するにも恐ろしかったが、駅前を歩いている限りはいたって普通の街。

下町感はあるものの、けっこう大きな街で金融機関の支店があったり、大型マンションがあったりとけっこう都会といった感じ。

駅から北へ続く大通りを少し歩いていくと、右手に路地が見えてきた。なぜか惹かれる道で、路地好きのセンサーが反応した。

五色横丁

路地を少し進むと、五色横丁と書かれた提灯が飾られていた。どうもこの先に飲食店街があるようだ。実は五色横丁にも角田美代子がよく訪れていたそうで、よく名が知られていたらしい。

居酒屋だのスナックなどが立ち並んでおり、この狭さがたまりませんわ。まだ夕方ということで、この時間は人がほとんど居なかった。

それにしても約100mほどの場所に、これだけの飲食店が密集しているというも、珍しいのではないのか、私はこれまでここまで密集しているところは見たことありませんでした。

それにしても、地元の常連さんたちしか行かなさそうなところで、余所者は入りづらそうな雰囲気。

ところどころ空き地や空き家があったものの、全体的にさびれた雰囲気はなく、さすが都会の駅近くは違うなあといった感じ。しかし所々にある空き家が角田の犯行に一役買ったとか。今回は詳しくは触れませんので、尼崎事件を詳しく知りたい人は個人で調べて下さいませ。

スナック美沙の看板が下ろされている。ここも空き店舗のようだ。

ただで狭い五色横丁の路地裏だが、南側にはさらに狭い路地が何か所か伸びており、よりアンダーグラウンドな世界を見せてくれている。

しかし、ここは遊郭だったというわけではなく、戦後のどさくさに紛れて飲食街が形成されたと言われている。

ここで五色横丁をあとにして、国道2号線を越えてさらに北へと向かうことにした。

国道2号線を越えて商店街へ

国道2号線の向こう側には「サウナ」、「コインランドリー」と書かれたレトロな建物が見られ、そして建物の向こう側には煙突が。

歩道橋から2号線を渡っていく。そろそろ夕焼けが見られる時間帯。

歩道橋の下を見ると、「安心して脚を休める場」、安脚場。どっかのカメラのフィルム現像屋さんかと思った。

歩道橋から先ほどの五色横丁が見える。やはり古くからの住宅が密集している。この前火災が起きてしまったが、十三の駅前飲み屋街にも似た雰囲気である。そういえば大阪を代表するdeepタウン「十三」はまだ記事にしていませんでした。

歩道橋を降りると、先ほどのサウナ、コインランドリーの看板がある建物があった。住温泉というらしく、今は営業をやっているのかやっていないのか分からない様子。

裏はこんな感じで、古いリヤカーが哀愁をそそる。壁もボロボロでさび付いていた。

煙突が何とも言えない味を街に加えている。

次に杭瀬の商店街へと向かう。再開発された場所もあるようで、右手にはマンションが見られた。梅田まで10分少々という利便性から、単身のサラリーマンも多いらしい。

商店街につくと、乗りつけて置いておかれた自転車やスクーターがあり、よく見るとスクーターのハンドルの部分がひしゃげていた。

商店街はというとごくごく普通の商店街で、夕方の割には少し人通りは少ないかな、といった感じ。

商店街は東西に長く伸び、東へ進むと、駅から南北に続く大通りへと出る。

駅から続く大通り沿いにもアーケードがあり、商店が続いている。

大通りを越えてもさらに商店街が続いているので、散策してみることに。こちらは地面がアスファルトで、より古くローカル感が溢れています。

杭瀬市場

少し進むと、商店街をクロスするように、杭瀬市場という通りが現れた。こちらは南北に通っているようで、南から杭瀬市場、杭瀬中市場、杭瀬北市場と続いている。とりあえず、適当に進んでみることにした。

しかし、ほとんどシャッター。この時間はもう店を閉めている様子。開店しているときは、それなりに賑わいを見せているらしい。

さらに北へ進んでいくと、今度は名前を変えて杭瀬北市場。少し明るい雰囲気です。

シャッターにペイントされていて、良い感じ。

夜は少し怖いかもしれない。

この辺で杭瀬を後にして、再び電車に乗り、次の目的地安治川トンネルへ向かうことにした。

下町と事件について思うこと

尼崎事件は、下町の濃い人間関係があったからこそ成立した犯罪と言われている。濃い人間関係はセーフティネットともなるが、方向性を間違うと人間の残虐な部分を出現させてしまうことにもなりかねない。同じく農村でも下町以上の濃い人間関係やしがらみがあるが、下町では人口が多く流入出もそれなりに発生するという特徴がある。つまり下町では、身を紛らわすこともできるというわけだ。その下町の持つ特性が今回の事件の引き金になったのではないかと思った。

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