【戦時中のスパイ養成所】陸軍中野学校跡を訪れた

戦時中、日本の中枢機能を持つ首都東京には陸軍関係の施設が多数あり、それに伴って軍関係の教育施設も多く存在した。

陸軍中野学校では、参謀本部管轄のもと、諜報や防諜、宣伝など秘密戦に関する教育が行われていた。いわゆるスパイ活動とも言われることも教育されており、他の教育機関とは一線を画していたという。

中野駅から歩いて10分

2018年の夏、横浜や川崎での取材を終えた後、都内へと向かった。朝の中野駅や中野駅前は通勤ラッシュで人が溢れていた。職場へ向かって歩いていくのだろうが、とにかく歩いている人の多いこと。

一駅西にある杉並区の高円寺は住宅街のイメージが強いですが、中野はオフィスなども多いそうです。

駅前の象徴と言ってもいいのが中野サンプラザ。もうすぐ取り壊されるんだとか。調べてみたら、取り壊しは2024年前後を予定しているとのこと、まだもうしばらくは見続けることができるらしい。

サンプラザ横の通りを抜けていき、陸軍中野学校跡地へと向かっていく。

サンプラザ横には区役所がある。駅近くという便利な立地。実はここもサンプラザど同時期に解体して、サンプラザの機能を併せ持つ区役所が新たに設立されるらしい。

しばらく西へ歩いていくと、緑の空間が広がっている。ここ中野四季の森公園では、現在都会のオアシスとなっているが、2001年までは警察大学校があった。

そして、戦前はこの公園付近に陸軍中野学校が存在していたのだ。

陸軍中野学校は駅から北西側、中野4丁目に存在していた。中野四季の森公園、さらには黄色の矢印の場所にある陸軍中野学校跡も用地であった。かなり広大な土地が学校に使用されていたことが分かる。

四季の森公園を出て、今度は陸軍中野学校跡地へ行くために、少し北へ向かって歩いていく。早稲田通りまで出ると、東京警察病院の大きな建物が現れた。

早稲田通り沿いに西へ進んでいくと、東京警察病院と早稲田大学中野国際コミュニティプラザとの間に石碑がある。

残念ながらフェンスで囲われており、わずかに石碑が見えるだけだった。だが、石碑には確かに「陸軍中野学校跡」と書かれている。

ここで中野陸軍中野学校が設立された経緯を振り返っておこう。

1938年陸軍中野学校は、防謀(ぼうちょう)研究所として設立された。きっけとなったのは、戦争に置いて、謀略が重要視されるようになったことである。

設立の前年、1937年に岩畔豪雄少佐が、参謀本部に「諜報謀略の科学化」という意見書を提出したがきっかけとなり、陸軍省などが創設を支持した。

石碑は反対側からの方が見やすそうだということで、裏側から撮影してみた。石碑は2つあったのだが、ひとつは陸軍中野学校と書かれていて、もう一つは木の陰になっており、確認することができなかった。

裏から見ながら話を戻すと、陸軍中野学校の学生は一般学校からの入学が9割を占めており、東京帝大を筆頭に早稲田、慶應、明治などの名門大学出身者が多かった。

軍人関係者の入学が少なかった理由として、陸士出身者の場合、すでに軍人の基礎知識や振る舞いなどが身に付いているものの、逆にそのことが諜報活動にとってはマイナスとなってしまう恐れがあったためであるという。

さらに、中野学校の学生は軍服など軍人らしい格好はせず、民間人と同じ格好をするように指示されていたという。他の軍関係の教育機関よりも、多くの自由が与えられていたというのは、スパイ、諜報を行う養成所ならではの特徴だと言えるだろう。

この地に陸軍中野学校があったのは1945年まで。その後は群馬・富岡に移転した。当初はスパイ専門の学校といった感じだったが、太平洋戦争が激化するにつれて、ゲリラ戦術の教育も行われるようになったらしい。

学校を卒業した生徒はというと、実際に戦地へ赴き、学校で教育された諜報活動を行っていたという。

さらに戦争末期には、スパイ工作活動だけでなく、攻撃にも参加していた。マレー作戦では、藤原岩市少佐率いる陸軍中野学校出身者の集まり(F機関)が、投降したインド人を国民軍として、軍事施設破壊などを行っていた。

陸軍中野学校の卒業生は、裏方としてだけでなく、主戦力としても影響力を持っていたという。

さらに、戦後には

インドネシア独立戦争や、インドシナ戦争[2](谷本喜久男少尉など)を始めとする戦後の東南アジアの独立戦争に携わった卒業者も多くいた。

ということで、陸軍中野学校が戦争に与えた影響力は大きいものであったと言えるだろう。

最後に場所をもう一度振り返っておくと、陸軍中野学校跡の場所は、早稲田通りから東京警察病院と早稲田大学のキャンパスの間にあります。興味ある方は訪れてみてはいかがでしょうか。

戦時中とはずいぶん変わった中野の街並みを眺めながら、再び中野駅へと歩いていく。

電車に乗って、次の場所へと向かうことにした。

おわり

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