奈良の三大遊郭跡のひとつ【木辻遊郭】を訪れた

古都奈良では平城京の時代から、数々の歴史的遺構が残されている。遺構と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、石舞台古墳などの古墳だろうが、今回は遊郭にフォーカスを当ててみたいと思う。

西暦1600年に誕生

奈良から帰宅して、木辻遊郭の歴史を調べてみることに。

慶長・寛永の頃に茶店が2、3軒できて遊女を置いたのが始まりである

慶長、寛永と聞いて、西暦何年なのかパッと出てきた人は歴史に明るい人かも知れない。

江戸時代くらいかなぁといった程度にしか分からず、年号を調べてみることに。答えは大体1600年前後だということである。江戸時代の始め頃、つまり今から420年ほど前から木辻遊郭の歴史は続いている。

その後、お店の数は少しずつ増え、宝永時代(1700年頃)には轡(遊女屋)15軒、茶屋19軒となった。その後お店の数が増えることはなかったが、明治時代にも20軒の座敷と100人~150人の娼妓が在籍しており、経営が存続していたという記録があった。

奈良駅から徒歩20分

京都駅から近鉄電車の急行に乗り、50分冬だったか電車に揺られる。前回、奈良を訪れたのは、2017年の冬だった気がする。随分と月日が経過したものです。

アクセスは近鉄奈良駅、あるいはJR奈良駅から徒歩20分ほどの距離。JR京終駅からであれば10分ほどの距離である。

地図上丸印で囲った場所が木辻遊郭跡である。かつては東木辻町、瓦堂町、鳴川町に存在していた。

さて、11月だというのに暑さを感じながら歩き続け、鳴川町に入った。観光客でにぎわう商店街や町屋が立ち並ぶ街路を抜けると、何やら如何わしいポスターが張られた建物が目に飛び込んできた。

おの〇のかとか吉岡〇帆グラビアアイドルとか元グラビアアイドルなのか、よくわからないが、なんせグラビアのポスターが張られていた。しかもモノクロ。木辻遊郭という場所柄を考えて敢えてのモノクロだとすれば、ご主人グッドチョイスです。

近くにはビックナラというスーパーがあり、その看板が道に掲げられている。なぜ、50mほど離れた場所に、しかもわざわざアーケード形式で。

あとで調べてみると、なるほどこの看板はかつて、木辻遊郭を示すものだったとうこと。おそらく『木辻遊郭』とか『木辻新地』あるいは『木辻組合』とか書かれた看板だったんでしょう。

反対側から見たビックナラの看板。

看板下からポスターが張られたやすらぎ書店を見るとこんな感じ。老朽化して変色した木造建築の建物が何とも言えない悲愁を漂わせている。

看板が設置されている坂を上がっていくと、右手にいかにもという建物が現れた。

遊郭跡のお出まし

改築したのだろうか外観は赤色だが、よく見ると格子があり、遊郭跡でよく見られる建物の形をしている。おそらくその遺構というか、現在は人が住んでいる様子であった。

1968年の売春防止法の成立後、どこもかしこも遊郭として営業を行うことは難しくなり、カフェやバー、旅館などに営業形態を変えて運営したり、完全に廃業することもあった。

この先は花園町である。花園町は木辻遊郭の範囲外らしいのだが、まだまだレトロな街並みが続くので、そちら方面にも行ってみることに。

花園新温泉

銭湯はカラオケ設備、マッサージチェア、ユニークなロッカーなど、大変ノスタルジックな雰囲気を感じさせる「昭和の香り」たっぷりの空間となっていますが、お風呂自体は大変清潔に保たれており、気持ちよく入浴することができます。また、奈良町エリアの便利な位置にあることから、地元住民のみならず「深い奈良」を知りたい観光客の方などにも利用されており、テレビなどのメディアで紹介されたこともあります。その他には、時折カラオケで歌う地域住民の声が聞こえることもあり、「まちの銭湯」として愛されている様子が伺えるほか、銭湯ならではの魅力である番頭さんの人柄も含め、「奈良町」の生活に根差した歴史感を味わうには最適のスポットになっていますったのか、住宅だったのかは分からない。

こちらにも古い建物が。

遊郭跡がある街というのは、古くからの街並みで、普通の住宅なのか遊郭跡なのかが分かりづらいことがある。確認するには建物の所有者に尋ねてみるしかなさそうだ。

向かい側にも味わいのある木造建築物。

看板を見ると、花園町と書かれているので、ここは木辻遊郭の範囲からは外れる。

牛乳瓶やポストというレトロポイントも見どころ。

次に先ほどの交差点を北へ向かう。しかし、奈良は京都のような通り名が無いので、なかなか交差点を表現しにくい。

こちらにも、それらしき建物が。木造かと思ったら木造部分は一部で、途端のサビた色であった。

まだまだ出てくる「遺構らしき」建物。この建物なんかは明らかにそれとわかる佇まい。こちらは、画面手前に1階部分から2階部分に延びている階段と思われる出っ張りがあり、アパートっぽくも見えてくる。

ちょうどこの辺が木辻遊郭の中心部分。住所は東木辻町、鳴川町である。

元妓楼の静観荘

数多くの遊郭跡(と思われる)が存在する中、ひと際堂々たる風格を感じさせる建物が現れてきた。これが旅館の「静観荘」。

戦後の売春防止法成立によって、旅館に営業形態を変更させたもののひとつである。

旅館のホームページを見ると、元遊郭ということは書いていないので、かつて妓楼であったことをプッシュするつもりは無いらしい。

ここ木辻遊郭のランドマーク的な(もちろんマニアのみにだが)存在となっており、遊郭好きが高じてわざわざ宿泊しに来る人もいるんだとか。最近では奈良に訪れた外国人の宿泊客で賑わっており、まだまだ静観荘の歴史は続いていくそうだ。

インバウンドの急増で宿泊施設が足りていない地域は多いようで、こうした遊郭をリノベーションして宿泊施設に生まれ変わらせるのも面白いかも知れない。

以上が今回の木辻遊郭跡の訪問記でした。次に目指すのは、奈良の三大遊郭のうちの2つが存在する大和郡山市です。つづく。

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