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あまり知られていないコリアタウン・伊丹空港近くの桑津地区を訪れた

関西には数多くの在日コリアンの集住地区が存在する。大阪の鶴橋、猪飼野などは観光地と化しているが、どちらかというとあまり表立って言いづらい触れてはいけない地域もあったりする・・。とくにウトロ地区なんかは

今回紹介する桑津地区も在日韓国人・朝鮮人が多く住む場所で、地区内には朝鮮初級学校もあったりする場所である。しかし、同じ兵庫の長田や大阪や京都のコリアタウンに比べると、あまり認知されていないようにも感じる。

そんなマイナーなコリアタウンとも言える桑津地区があるのは伊丹空港近く。伊丹というのは大阪のベッドタウンで、行政上は兵庫県だが、ほぼ大阪といった感じの地域である。

JR伊丹駅から猪名川を越えて

大阪駅からJR宝塚線に乗り換え、10分少しで伊丹駅に到着である。改札を出てデッキに出ると、いきなり「差別を許さない宣言都市」と書かれた看板を発見。

いかにも差別が存在することをアピールしているかのように見えてしまう。このような看板はよく見かけるが、はたして一体何の意味があるのだろうか。。

それはさておき、私自身伊丹に来たのは始めてなのだが、JR伊丹駅周辺は大規模なマンションがあり、いかにもベッドタウンといった街並みである。JRの駅から800mほど西にある阪急伊丹駅では、商店街があったり、商業施設が立ち並んでいたりと、そちらの方が中心地といった感じらしい。

有岡城跡(伊丹城址)の看板があり、楠公一のお墓があったりと、歴史もあるんだとか。適当に伊丹駅周辺を散策した。

駅の東側には大規模なイオンモールがある。桑津地区へはイオンモールを通り過ぎ、猪名川にかかる桑津橋を渡れば到着である。

日曜日ということもあって、イオンモールは大盛況だったが、それを横目に階段でデッキを降りていく。

桑津橋西詰から始まり、JR宝塚線にかかる高架の下を通って猪名川方面へと歩いていく。

桑津橋西詰へと到着。橋を渡れば、在日コリアンの集住地区が見えてくる。住所では桑津4丁目付近がコリアタウンで、朝鮮初級学校も4丁目に存在する。

猪名川を渡っていく。猪名川は淀川水系の一級河川で、伊丹空港の西側を通って神崎川と合流する。

少しづつ向こう岸の建物が大きく見えてきた。マンションのような建物と、一戸建ての住宅街を確認することができる。

 

そのまま直進し、橋の取り付け部分の階段を下りていくことにした。

左側には少しごちゃついた住宅街があるが、まずはマンションの方から見てみることにした。

こちらは桑津西市営住宅。調べてみたところ、コリアタウンとは関係なく、ウトロ地区のように、在日朝鮮・韓国人向けに建てられたものではないそうだ。

天気はよく、真冬にも関わらず、日差しの温かさが感じられる。さらに進んでいこう。

この辺は小規模の事業所や営業所も見られる。

ゴミ収集車の駐車場を右(東方向)に曲がっていく。左には大きな空き地が広がっている。猪名川を渡ってみて気づいたのは、空港近くという立地もあり、工場用の用地が結構多いということである。

次に発見したのが桑津神社。桑津神社には桑津地区の氏神様が祭られている。

境内は広いが、結構殺風景。

しめ縄と紙垂。あまり見たことのない形をしている。

猫に餌を与えるなという貼り紙が。

こちらが本堂。まだ1月初めということで、門松も飾られている。

桑津神社の向かいには日東紡があり、広大な土地が広がっている。

せっかくなので、日東紡の工場を回って桑津地区を一回りすることにした。工場を反時計回りに一周すれば、再び桑津大橋の取り付け部分へ戻ることになる。

周辺はごく普通の住宅街であるが、ところどころ平屋建ての住居がある。すぐそばには伊丹空港があり、数分おきに離陸が行われ、かなりの轟音をとどろかせている。

古くからの住宅地もあり、おそらく伊丹空港の前身大阪第二飛行場の建設前からの集落だと思われる。あまり住環境としては恵まれているとは言えないため、工場が多く建設されている。

中村地区の転居先・桑津市営住宅

十字路を左に曲がると、ポツンと大きなマンションが見えてきた。市営桑津住宅という。

市営住宅にはコリアタウン・中村地区の住民が移り住んでいる。中村地区とは、桑津地区と同様、大阪第二飛行場建設時に飯場が建てられた場所で、つい数年前まで在日コリアンが不法に住み着いていた場所である。

生活環境の改善を目的に、1kmほどの国有地を後にして、こちらの市営住宅に移り住むことになったという。そして中村地区のバラックは跡形もなくなってしまった。マップでも確認したが、すでに取り壊されてしまっていた。取り壊し前に見に行っておけばよかった・・。

それはさておき、市営住宅を通り過ぎると再び猪名川へと出てきた。

ここから少し南へ向かって歩くと、最初に通った桑津4丁目付近の集落が見えてきた。

こちらは住宅が密集しており、複雑な路地を形成しているようで、とりあえず地区内に入ってみることにした。

河川敷には自転車で走っている人やジョギング、ウォ―キングしている人がいたが、住宅街には人が出入りする様子がなく、よそ者はちょっと入りづらいといった印象である。

古い住宅もあるが、新しいアパートがあったりと、ウトロ地区や東九条のような明らかにそれと分かるものではなかった。言われなければ分からない、わりとどこにでもある住宅街といった感である。

ところどころ空き地があるところを見ると、市営住宅などに移り住んだ人もいるのではないかと思われるが、ハッキリしたことまでは分からない。

 

伊丹朝鮮初級学校

桑津4丁目付近を歩いていると、学校のような建物が見えてきた。これが伊丹朝鮮初級学校である。

この学校について触れなければならないのが、伊丹市による土地の格安貸与の問題である。

伊丹朝鮮初級学校の敷地は市有地約4150平方メートルにわたる。現地の相場は月額74万円(問題になった2011時点)だが、実際は月額4万円で運営している兵庫朝鮮学園に貸していた。
ちなみに、同学園が運営する尼崎の朝鮮初級学校でも100分の1の額で貸していたという。

いわゆる「在日特権」と呼ばれるような問題だが、関西では日常茶飯事のことで今更特に驚くことはないだろう。

確かに在日コリアンが被差別者であったり弱者とみなすのであれば、優遇措置を取るのは不自然なことではないかもしれないのだが・・。その辺は色んな意見があると思うのだが、今回はあまり触れないことにする。

再び猪名川の堤防に戻ってきた。学校前の堤防にはちょうど階段があり、腰を下ろして写真を撮った。

門には「学校法人兵庫朝鮮学園・伊丹朝鮮初級学校」と書かれていた。

こちらにはハングルで書かれた学校名。

門の中には何やら絵が描かれている。けっこうカラフル。

アニメのキャラクターや校舎のパズルの絵が描かれている。生徒の作品だった。

もう少し付近を散策してみよう。

住宅街はけっこう密集しており、いわゆる※文化住宅も見られる。

近畿地方における集合住宅の一呼称。 1950 – 60年代の高度経済成長期に使われ始めた用語で、主として当時に建てられた瓦葺きの木造モルタル2階建てで、1-2階の繋がったメゾネット、あるいは各階に長屋状に住戸が並んだ風呂なしアパートを指す[1]。

ここは特にバラックがあるというわけでもなく、やはり普通と言えば普通の街並みである。

再び住宅街に入っていく。こちらは桑津3丁目にあたる地域で、コリアタウンなのかどうかは定かではないがとりあえず歩いてみることにした。

外にはドラム缶が置かれていたりして、自宅兼作業所のようなところもある。

路地もあったりして、自転車での移動が楽そうだ。

何か特別インパクトのある場所では無さそうである。

今回は、あまり知られていないコリアタウン・桑津地区を訪れた。wikipediaを調べてみると、桑津地区がコリアタウンであると記載されている。

神戸市:長田区や中央区東部(旧葺合区)、「モトコー」と呼ばれるJR東海道線の三ノ宮-元町の高架下商店街は当初はコリア系住民の商店が大半であった。長田区は、全国有数の焼肉店激戦地区で、本場韓国の味を再現した店も多い。一時期、長田区にコリア・タウンを神戸市の手で作る計画が存在した[要出典]が、防災上の区画整備に激しく反対していた中で阪神大震災が起こり、住宅地として整備されてしまったため、頓挫したものと思われる。
高砂市:木曽町周辺
三木市:志染町広野(神戸電鉄広野ゴルフ場前駅周辺)
加古川市:別府町
伊丹市:中村地区・桑津4丁目

先ほども少し触れたように、今回紹介した写真は桑津4丁目とその周辺なので、コリアタウンではないエリアや、混在している地域もあったかも知れないのでご了承ください。

コリアタウンと言っても、時代の流れとともにハッキリと線引きすることは難しくなっているかも知れない。

 

 

 

 

 

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