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山沿いにある静かな廃校・木造建築が美しい旧須知小学校

京都市内から西へ行くと丹波地方に入る。亀岡市や園部町のある南丹市よりもさらに北西に行くと人口1万3千人ほどの京丹波町という小さな自治体がある。

古くは京都から山陰地方へと抜ける山陰道の宿場町として栄え、町内には須知宿や檜山宿が設置されていた。

さて、今回訪れたのは須知小学校の廃校。数日前に廃止になった小学校があるという情報を手に入れたのだが、どこで知ったのか忘れてしまった。

京丹波町と言えば、以前結婚式場の廃墟でお世話になったのだが、今回は廃校ということで期待を持ちながら現地へと向かった。

旧須知小学校へのアクセスは京都縦貫道の丹波インターチェンジからが早い。集落内の無料駐車場や道の駅丹波マーケスなどに車を置いておくと便利である。


京丹波町の集落を抜けると、緩やかな階段が現れ坂の上に見えるのが小学校の校舎。

廃校と聞いていたのだが、校舎前の庭は手入れが行き届いており、車が置いてある。

階段を上ると見えてきたのが旧須知小学校の校舎である。校舎の看板を見ると「児童クラブ」と書かれている。

旧須知小学校は現在、学童保育やスポーツ生涯学習の施設として使用されているそうで、春休みということで子どもの声も聞こえてきた。

正門から見える校舎の両側を取り囲むように、校舎が続いている。木の校舎がとてもレトロだが、けっこう立派な校舎である。

こちらは焼却炉。屋根が剥がれてしまっているが、校舎のレトロな雰囲気に合っている。

小学校ではお馴染み二宮金次郎の銅像も設置されていた。

さて、どこか校舎へ入れる場所はあるのだろうか。

と思ったのだが残念。校舎内へは立ち入り禁止のようだ。無理やり入ると警察のお世話になってしまうので、外から校舎の雰囲気を楽しむことにした。

校庭からかなり古い校舎を眺める。窓ガラスが所どころ抜けているのが、哀愁を感じさせてくれる。それもそのはず、旧須知小学校の校舎が建設されたのは昭和10年のことである。

しかし、戦前に建てられた木造校舎がこうして綺麗な状態を保っているのはとても珍しいことなんだとか。その保存状態の良さから映画「銀河鉄道の夜」のロケ地、舞台となった。

入り口には古くなり、色褪せた時計が設置されていた。このとき正午前後だったが、時計の針は6時8分辺りを指している。

サビた朝礼台も良い味を出している。学校が廃止になったのは平成12年のことだが、まだ当時の設備が残されている。

サッカーゴールも残されている。グラウンドも広いしサッカーするには良さそうな環境である。丹波の山々もとても綺麗。

こちらのプールは流石に使えそうもない。かつては子ども達の話し声や笑い声が響いていたと思うと感慨深い。

手前には体を洗う場所などがある。閉鎖してから20年近く経過しているとあって、錆が目立ってしまっている。もちろん、レトロや廃墟マニアにとっては錆などがぐっと来るポイントなんでしょう。

こちらは教室と赤い屋根の体育館へと続く渡り廊下。体育館からは児童クラブで活動する子どもたちの声が聞こえてくる。

校舎内には入れないので、この辺で帰路につくことにした。ひっそりと楽しむことができたのでとても満足。

グランドにある出口から帰ることにした。にしても広いグランド。

最後に周辺を散策することにした。

周囲は竹林と学校の間を通る道を下っていく。

集落が見えてきた。

須知小学校方向を振り返ると、グランドのフェンスが見え、その向こうに校舎があるのだが、屋根がわずかに見えるだけ・・。平屋だと目立たない

集落は山陰道に沿って続いている。須知宿もこの辺りにあったという。

山陰道に並行して国道9号線が走っている。ここが今の幹線道路である。

車を置いていた丹波マーケスに入り、昼食「鬼そばセット」を食べた。

<感想>

今回はついでがあったので寄ってみたのですが、まさかこれほど立派な校舎が残っているとは思っていませんでした。感動ものです。ちなみに廃止後は高原小学校との統合によって丹波ひかり小学校として運営されているそうです。全国各地に廃止された学校はありますが、須知小学校のように学校統廃合後も、使えるのであれば活用されると良いですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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