被差別部落と浄土真宗の関係について

このサイトで被差別部落のことについて何度か取り上げているので、今回はその延長として部落と宗教について調べてみました。

私自身、もともと地図を見るのが好きで、地理的な興味から少しずつ遊郭跡、廃墟、コリアタウン、同和地区などを訪れるようになりました。また、このサイトを始めたきっかけも、少しアンダーグラウンドな地域に行ってみたいという、単なる興味本位からスタートしたものです。

しかし、色んな場所に行き記事を書くようになって、少しづつ心境に変化が生まれてきました。

「もっと土地や地域のことについて理解したい」

それは文化であったり、歴史であったり、宗教であったり、経済であったり、様々な要因が絡まりあっているといるでしょう。

そういったことを完璧とまで行かなくても、ある程度理解した上で記事を書きたいと考えています。

そうした思いもあり、今回は被差別部落と宗教の関係について調べてみました。

けっかけは、ある書籍に被差別部落で信仰されている宗教は、ほとんどが浄土真宗であるとい記載されていたことです。浄土真宗について、浄土真宗と部落の関係、さらに実際に浄土真宗のお寺があるのかを確認してきました。

浄土真宗とは

法然によって説かれた浄土往生を鎌倉時代初期の僧侶・親鸞によって継承したものです。

浄土真宗には様々な宗派がありますが、その多くは京都市の東本願寺と西本願寺を本山とする宗派です。

内訳を見ると、浄土真宗本願寺派(西本願寺)が所属寺院数1万500と一番多く、次に真宗大谷派(東本願寺)の8900と続きます。浄土真宗の所属寺院が全国2万2000か所あることを考えれば、東西の本願寺が2大勢力であることが分かります。

被差別部落と浄土真宗の関係

被差別部落と浄土真宗の関係についてです。

江戸時代から始まった檀家制度と大きな関係があります。檀家制度とは、寺院が檀家の葬祭供養を執り行うことを条件に結ばれたお寺と檀家の関係のことです。

この檀家制度について、被差別部落では壇家制度の成立後、せん民階級が壇家となる宗派が浄土真宗以外にありませんでした。そのため、東西本願寺を始めとする浄土真宗のお寺が、多くの部落民を管理していたという経緯があります。

特に1922年の水平社設立の際に協力的だった真宗大谷派(東本願寺)は、被差別部落はもちろん部落解放同盟と密接な結びつきがあります。

地域によって偏りがありますが、被差別部落民のおよそ8割は浄土真宗を信仰していた(大正10年の時点)と言われています。

実際に行ってみた

それでは本当に被差別部落に浄土真宗のお寺があるのか確かめていきましょう。今回はこのサイトでも何度か足を運んでいる崇仁地区に行ってみることにしました。

まず行ってみたお寺は、私が普段よく利用するJR東海道本線からよく目に入るお寺です。

行ってみると西光寺という浄土真宗本願寺派のお寺であることがわかりました。本山は浄土真宗本願寺派(西本願寺)です。

門が閉まっていて中へは入ることができませんでした。

いつもJR線から南側に見ていたお寺で、立派なお堂が印象的です。

西光寺のすぐ近くにあったのが正久寺。こちらも浄土真宗本願寺派です。

ぱっと見、一般の民家のような外観です。

次に南方向へ歩くと浄楽寺というお寺がありました。崇仁地区の南西側に当たる場所です。浄楽寺は真宗大谷派。東本願寺を本山とするお寺です。

門とは別の角度から見ると、ホテルの手前にお寺のお堂がわずかにですが確認することができました。

そのほか、地図を調べて見ると崇仁地区には真宗大谷派の願教寺や浄土真宗本願寺派の浄徳寺があることが分かりました。大規模な部落民を抱えていた崇仁地区ですが、地域内には浄土真宗以外の寺院は存在しないということが確認できました。

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