さすが芦屋市・上宮川町というキレイな同和地区を散策

関西の高級住宅地と知られている芦屋。そんな芦屋にも同和地区は存在する。

芦屋と言っても住宅街ができて芦屋ブランドのようなものが築かれたのはほんの100年以内のことである。それを考えれば、ほかの地域同様に被差別部落が存在してもおかしいことでは全くない。

芦屋の同和地区はJR芦屋駅の南側すぐのところにあるのだが、今回私用で阪急の芦屋川駅を降りて地域に向かうことにした。

駅を降りてまず驚いたのが高級車の多いこと。私自身、芦屋に来るのは初めてだったので、軽くカルチャーショックを受けてしまった。

芦屋川駅周辺や、駅からさらに山の手方面は、芦屋の中でも高級住宅街となっているらしい。

関西圏の方ならご存じだろうが、阪神間は山の手から浜手に向かって阪急、JR、阪神の順番で並行して線路が敷かれており、阪急沿線がハイソで阪神沿線は庶民的というちょっとした街の雰囲気の違いがある。

そんな序列を意識しながらJRの方面へと歩いていく。JRの方は高級住宅街というよりもちょったした都市といったかんじで、駅前には商業施設やマンションも多く建っている。

芦屋は新快速停車駅で、三ノ宮方面、大阪方面へのアクセスが抜群ということを考えれば、当然の繁栄っぷりである。

さて、そんなJR芦屋駅から南へ少し歩くと上宮川町(かみみやがわちょう)という小さな地区がある。駅周辺は商業施設、民間の分譲マンション、一戸建ての住宅という中で、この地区には市営住宅が立ち並んでいる。

駅から少し南に歩くと、上宮川文化センターという看板があったので、ここから地区内へ入ってみよう。

ここから市営住宅街へと入っていく。手前には2という数字が書かれている。宮川町には全部で5軒の市営住宅がある。どれも同和対策事業として建てられたいわゆる改良住宅である。

しばらく地区内を歩いていこう。

まず宮川町の地区に入った感想は「キレイ」ということだった。これまで何度か同和地区には足を運んでいるが、今までの地域を思い出して比べて見ると差は歴然だ。

ゴミは落ちていない、落書きは無い、庭木の手入れが行き届いている。そこら辺の街よりもよっぽど清潔で、並み以上と言ってもよいだろう。

上宮川町を歩いていると、神社とお寺を見つけたので紹介しておこう。

こちらは阿保(あぼ)親王などが祀られている阿保天神社。

奥には稲荷大明神が祀られている。連続して続く鳥居が印象的。

こちらは照善寺。宮殿のような立派なお堂と屋根が特徴。

宗派は浄土真宗本願寺派。後日、今度記事にしようと思うのだが、被差別部落では檀家として認められたのは浄土真宗に限るため、同和地区内の寺院のほとんどは浄土真宗である。

何とゴージャスでリッチなお寺なのだろうか。芦屋のイメージにピッタリである。

さて、お寺を脇目に少し歩くと、すぐに上宮川町の東端へと出てしまった。上宮川町は当サイトで紹介した同和地区に比べて面積はとても小さいのだ。

そして上宮川町の東側には、さきほどの看板に書かれていた上宮川文化センターがある。よく見ると、左側には隣保館という文字が書かれている。どこかで聞いた名前・・調べて見ることに。

隣保館とは同和対策として作られた施設のひとつである。各相談事業や人権課題のための施策を総合的に行う施設で、専門家が常駐している。

ただし、隣保館の存在によってその地区が同和地区であることが分かるため、差別を助長するのではといった指摘もある。確かに隣保館の取り組み内容を知っている人であれば、この看板を見れば一発で同和地区であることが分かってしまう。

隣保館という看板を掲げるケースは一般的では無いようだが、ここ上宮川でははっきりと、しかも幹線道路沿いに表記されている。

もちろん、このような団地内の比較的キレイな様子を見れば、もはや差別など存在しないように見えてしまう。そういう意味では、隣保館との表記は何ら問題ないのだろう。

というか今どき、某サイトや某掲示板など、インターネットの情報によって同和地区の場所を知ることができる。このことを考えれば、今どき「寝た子を起こすな」論は通用しないのだろう。そういう意味でも、隣保館と表記することは何ら問題ないと考えられる。

さて、もう少し地区内を歩いていこう。JR神戸線の向こうに見える大規模な建物は、マンションと食料品店などが併設されているいわゆる複合商業である。こうしてみると、ここまで見てきた上宮川町の改善住宅と見た目は何ら変わりはない。

北端に位置する改良住宅2号棟の裏を歩いていく。にしてもゴミ1つ落ちていないのは、さすがは芦屋といったとこだろうか。

こちらは改良住宅4号棟。奥には5号棟がわずかに見える。この道路が上宮川町にある市営住宅の南端である。

にしても綺麗。芦屋駅にも近いし、住んでみたいと思わせてくれた。一般的には暗い、怖いなどといったイメージが同和地区にはあるが(実際そのように感じるところも感じないところもあるが)、ここはそのようなことは微塵も感じられなかった。

もちろん、地域の実情は地元の人や関係者に聞いてみないと分からない。しかし、イメージに関して言えば、外観から被差別部落や同和地区の印象改善を図るというのは、意外に効果的なのではないかと思えてならなかった。

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