蔦がいい味を出している旧亀岡商工会館

人口減少の影響を受けて、今後空き家や外見が荒廃した廃墟や廃屋と呼ばれる物件が増えていくことが予想される。その一方、首都圏ではタワマンが次から次へニョキニョキと背を伸ばしていくという、何とも不思議な現象だ・・。

もっと古い住居を利用できないものなのかといつも思うのだが・・やはり費用面や立地面のことなど、問題があるのだろうか。

さて、今回訪れたのは亀岡商工会館の跡地。もちろんここを選んだ理由は、廃墟があるという噂を聞いたからである。しかし、訪れて見ると、作業着を身に付けた人の姿が何人か居り、廃墟じゃなかったのか??となってしまった。

さて、前回の記事で、亀岡駅の北側には田畑が広がっており、京都スタジアムの建設計画中であると紹介したが、一応以前から大堰川(保津川)方面へ延びる道と駅前ロータリーが整備されており、バスも行き来できるようになっている。

その道を通っていくと、クリーム色をした3階建ての建物が見えてきた。

近づいてい見ると、廃墟らしく建物に蔦が巻き付いており、いい味を出している。廃墟と蔦、良く合います。しかし意外なことに、けっこう車が止まっている。役所だかどっかの事業所の車と、自家用車が見られた。

ところで、この辺は駅に近い割には辺鄙な場所で、左横にも住んでいる人が居るのか居ないのか分からないような、空き家っぽい一軒家がある。

さらに右側にも空き家なのか、空き事業所なのか、現役で利用されているのかよく分からない建物が。

続いて、角度を変えて道路から廃墟を眺めてみる。建物には蔦が絡まり、さらに雑草が生い茂っているのも面白い。

中へ入っていこうと思ったが、人が居たので断念。まだ建物は利用されているのかと思い、グーグルマップで調べて見ると、この建物には「アクサ生命保険(株) 亀岡分室」と表示されていた。

しかし、ちゃんと調べて見ると、アクサ生命の分室はここではなく、駅南側にあった

ということは、いま話題のグーグルのバグだろう。

さて、次に保津川へ流れ込む曽我谷川沿いからも撮影してみた。

もう少し廃墟に近づこうとしたが、人が居たので断念。やはり何らかの利用がなされているのだろう。

ネットで調べて見ると、やはり再利用されており、現在は実験準備室として一部利用されているらしい。それで作業着を着ている人が居たのか・・。

ここで亀岡商工会議所の沿革も載っていたので、見ておこう。

・1958(昭和33)年 観光ホテルと保津川下りの乗船場・レストランを兼ねて建設 

・1973(昭和48)年~1999(平成11)年頃まで、亀岡商工会議所の事務所として使用

出来た当初はホテルだったという意外な事実が分かった。言われてみれば、保津川や背後の山並みはとても綺麗で、眺めが良かったことが想像できる。窓も大きかったし。

ちなみに現在の亀岡商工会議所は国道9号線沿いのガレリアかめおか内にあるという。

亀岡商工会議所から少し離れた場所にある建物も、古びていい感じ。取水場とか川関係の建物だと思われる。

ということで、今回の亀岡訪問は以上で終了。

今度亀岡に来たときは、大本教のある亀山城址に行ってみようかな、そんなことを考えながら、亀岡を後にした。

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