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国道9号線沿いの廃分譲地を訪問【京都府旧三和町】

本日は母と一緒に兵庫県の丹波に住む祖父母の様子を見に行く日ということで、丹波ICを降りたあと、国道9号線を福知山方面へと進んでいく。

ここは旧三和町といって、2006年に福知山市と合併するまでは、京都府下にある天田郡三和町という自治体だった。旧国名は隣の福知山市、京丹波町、丹波市などと同じ丹波国である。

さて、三和町兎原中は山間部に通る、国道9号線を福知山方面へ走っていると、左手に狭い道が見えてくる。

地図で見ると9号線の南側に宅地のような、ブロック状に続く道路があるのが確認できる。

宅地内の道の幅は4mほどだろうか。雑草もたくさん伸びており、実質3mも幅が無いかも知れない。さらにタイヤが置かれており、車が侵入できないようになっている。9号線の側道に車を止めて置き、歩いて入っていくことにした。

タイヤには不法投棄監視地域との警告が書かれている。なるほど、タイヤには車両の進入を防いで不法投棄を防止する効果があるのか。。

上の方に登っていくと、道路はガタガタ、道路の隙間からは草が生えている。しかし、道路は規則的に区画整理されているとことろを見ると、分譲地を作ろうとしていたと思われる。

しかし、住宅や別荘地としてのニーズはなかったようで、現在はソーラーパネルちらほらと見ることができる。

ただ、空き地は長年放置されていたおかげで様々な植物を見ることができた。こちらはシダ植物。

さらには山椒、松などが数多く自生していた。

さらに上段へ登っていく。上には事業所や住宅のような建物がある。

下には空き地があり、ほぼ草原状態。写真奥には鹿もいて、これはすごいところに来てしまったなあと思い、ひとまず下へ避難。それにしても、丹波高地の山並みがとても綺麗だ。

さきほどよりも一段下の道路を今度は奥へと入っていく。こちらは両脇に2,3mほどの木が生い茂っており、先ほどよりは圧迫感がある。

雑草生え放題の道をどんどん進んでいく。空き地の中にポツンと倉庫が見える。

さらに進むと、区画の真中付近に到達。枯れ木が何だか哀愁を漂わせている。

国道9号線に続く道には先ほど見たようにタイヤで道が塞がれていない。ここに限って、上にある建物まで車が通れるようになっているらしい。

9号線の向こう側にはラーメン九州の廃墟がある。この辺は山間部にあることから、廃墟がちらほら見られ、以前紹介したルート赤坂もこの近くにある。

さらに奥へ進んでいこう。

ここの造成地も老朽化が進んでいるのか、ブロックがところどころひび割れている。

さらに奥へ行くと、道まで雑草に覆われかけている。定期的にメンテナンスされているのだろうか・・。

ついに右手に廃屋を見つけた。まだ新しく、廃屋という言葉は適切でないかも知れないが、とにかく人は住んでなさそうだ。

不法侵入にならない程度に、もう少し近づいてみよう。木は生い茂り、建設当初には無かった松の木も生えてきており、フリーダムな状態と化している。

来た道を戻り、この辺で散策を終えることにした。売地の看板などはなく、やはり「跡地」や「廃」と表現するのが正しいのだろう。物件や道路の様子からして、バブル期かそれより以前に造成された土地だと思われる。

この辺りはJR山陰線や京都縦貫道の路線から外れてしまっており、不便な地域である。特に京都縦貫道路完成後、車の通りが減少してしまったことも影響しているのかもしれない。

また、三和町の南東に隣接する京丹波町には、さらに大規模な造成地の跡がある。ここもそうだが、住宅街や別荘地となる予定だった場所だ。

そうした跡地では、空き地と交互になる形で住宅がポツポツと建っている場所、まったく住宅が建っていない場所など様々だが、造成当初の予定通りに行かなかったことには違いない。

三和町や京丹波町のように大都市通勤圏から離れた場所では、こうした跡地は珍しくないのだろう。

そっち系のマニアの間では、廃墟や廃屋に注目が行きがちだが、そもそも建物すらできることのなかった分譲地や造成地の跡地というのも、新たな注目ジャンルなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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