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東海屈指の被差別部落・甚目寺~愛知県あま市~

東海地方最大の都市である名古屋やその周辺には、大規模なかつての被差別部落がある。今回訪れた地域も被差別部落や同和地区の流れを汲む地域である。行政区は名古屋市の西隣にある「あま市」である。

名鉄名古屋線に乗って、丸ノ内駅という駅で降りる。

名鉄線の丸ノ内駅で降りて、住宅街へ出る。丸の内と言えば大都会のオフィスビルをイメージしがちだが、ここはのどかな住宅街。「の」と「ノ」という違いがある。

しばらく住宅街を歩くと、巡礼橋という橋の東詰めに出る。

巡礼橋は五条川にかかる橋で、五条川から東が清須市、西があま市である。ここからあま市側へ入っていく。

巡礼橋を渡っていると、ものすごい異変が感じられた。異臭がすごい。ものすごい悪臭が鼻をつく。なんだこれは⁉・・・生ごみのような、生ごみとも違うもう少し化学的な臭いがしてくる。

五条川の河川敷には結構な量のごみが捨ててあり、これが匂いの原因かと思ったが、その予測は外れることになった。

原因はこの工場であった。堀田萬蔵商店という工場だ。

堀田萬蔵商店だが、昭和2年の堀田萬蔵という人物が創立した。それまで牛皮や豚皮の加工が家内工業的に行われていたのが、食肉文化の広まりと共に、大規模化が推し進められた。

昭和46年には株式会社化し、取引先は海外まで及ぶようになった。

ただ、前々から排出される悪臭が問題となっていたようで、噂によると1km近く離れた須ケ口駅付近にも臭いが到達していたという。

その後、平成22年に愛知化製事業協業組合がISO14001を取得したことなどがあり、環境に対する会社の意識は高まり、かつてほどの臭いは無くなったという。

それでもこの鼻をつく臭いというのは凄まじく、昔はどれほどの臭いがあったのだろうかと想像がつかない。

土手を降りて、工場の横に行ってもその臭いは半端なく、近隣住民からの不満は相当あるのではないかと勘ぐってしまう・・。

臭いに耐え切れずいったん退散。次に住宅街へと入っていくことに。住宅街の方へ向かうと、臭いは消えてなくなった。工場に隣接する家は流石に厳しいだろうが、これなら問題なく布団や洗濯物も干せそうだ。

ここあま市はかつて甚目寺町という名前の自治体だったが、平成22年に旧七宝町、旧美和町と共に、3つの自治体があま市として合併されることになった。

ここの地名は栄という。栄では、京都や大阪の大規模な同和地区で見られるような、集合住宅ではなく、一軒家やニコイチと呼ばれる2つで一つの戸建て住宅が立ち並んでいる。
ここあま市で特徴的なのは戸建て住宅が白色であるということだ。

と思いきやこちらは白い住宅ではなく、地区内でもいろいろなタイプの住宅が見られる。

こちらはかなり古くからある家であるが、空き家となってしまっている。玄関付近は少し荒れていて、廃墟化しつつある。

荒廃していると言えば、地区内にはこのようにゴミが散乱しているのが目立った。折角の広場だというのに・・

タイヤやコーンなんかも道路に平気で放置されている光景はなかなかお目にかかれないであろう。

さらにどんどん進もう。広場を越えると、また白い家。数えても数えきれない程の白い家が果てしなく続いているようだ。

こちらにも広場があるものの、地面は陥没してしまっている。直す気もなさそうだ。

さらに進んでいくと、白い家群の向こうに神社の拝殿のような建物が見えてきたので行ってみることに。

電柱には松本皮革という看板が掲げられている。皮革ということで、ここの同和地区でも、古くからなめし関係の産業が盛んであったのだろう。

いったん、堤防沿いの道に出て、再び集落内へと入っていく。

にしても、このニコイチは圧巻だ。ニコイチとは、2戸1という意味で、1棟で2軒を兼ねている。自動車や人に対しても使用されることがある言葉らしい。

地区内の様子はというと、閑散としているもののちょくちょく人、自転車、車の往来がある。

まあどうしても、被差別部落や同和地区であるということを心に留めてからいくと、人の目が気になるのだが、意識しなければまったく気にならないだろう。

というかスマホで撮影しているから気になるのであって、今時、ここが被差別部落だ、と知っているからといって、怖い目に遭うとかそんなことは絶対に無いと断言できる。

たとえ、遭ったとしても、それは他地域でも起こりうることで、偶然にすぎないであろう。現にこれまで5か所以上の被差別部落に足を運び、しかも撮影を行ったが何ら危険な目に遭わなかったし、怖い思いをしたことなどみじんもない。

ほかの住宅街と何ら変わりないのである。

さらに、地区内で足を進めると、今度は少し違うタイプの住宅が見えてきた。先ほどはいかにも戸建て住宅といった感じだったが、今度は屋根が平らのタイプ。

少し違う形の住宅を見ながら、次へ進んでいく。

またしてもゴミが散乱している。紙のようなものがたくさん落ちている。なぜこんなところにこんなにたくさんの紙が落ちているのだろうか。

さらに西へ進んでいくと、少し古い集落へ出てきた。昔ながらの商店も見られる。

この辺は西今宿という地名で、栄地区と並んでここ一体の同和地区を形成している。

住宅街を西へ抜けると、南北へ抜ける少し大きな通りに出てきた。この辺は草むらが散見され、少し殺風景な印象を受ける。

こんな感じのプレハブ小屋があって、中には廃品回収物のようなものが見られる。

道の東側には、ブルドーザーがおいてあり、その向こうには住宅が、さらに向こうには茶色の部落解放同盟甚目寺支部と書かれた看板が掲げられている。

かなり小さいのだが、地図で確かめると間違いなく解放同盟の支部があることが分かる。https://goo.gl/maps/jpEsfqjS1c68CfiA7

ああいう看板を掲げていると、いかにもここが部落であることを示しているかのようである。別にそのことは全く悪いと思わないが、某J何とかいうサイトや Tループさんなんかは晒しだとか言って部落解放同盟から色々言われているそうだ。

部落のあった場所を隠したいのか、そうでもないのか今ひとつわからないのが、部落解放同盟だ。まあ、私なんか部落を専門に研究しているわけではないので、そこは詳しい人に尋ねてみるのが一番だろう。

そろそろ一通り回ったかな・・・ということでそろそろ帰路につこう。大通りを東方向に入っていく。

このあたりでは、産業廃棄物が空き地に放置されている光景が目に付く。

平屋が多い。改善住宅と呼ばれる大規模な団地のある関西の同和地区よりは、長閑で住環境は良いのかも知れない。

空き地もある。こちらはきれいで、スポーツなどにも使えそうだ。

最後にお馴染みの白い家。何度見ても圧巻の光景だ。

住宅街を出て、堤防から五条川と栄地区住宅街を眺める。
ここもほかの地域とは異なる雰囲気が感じられた。

ゴミが散乱していたり、同じデザインの家が並んでいたり・・・

ただ、異なるといってもわずかなもので、非被差別部落と大差は無くなって来ているのだろう。

もっとも、工場から発せられるこの臭いだけは、ここ甚目寺の部落だけの特別なものだろう。

部落問題や同和問題に詳しく知りたい方は以下の書籍を参考にしてみるとよいでしょう。

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