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加古川駅周辺を散策・渋さ満点の寺家町商店街

神戸で2記事分の写真撮影を終えた後、元町駅からJR神戸線に乗り、神戸駅で新快速に乗り換えた。

次に目指すは加古川にしようか姫路にしようか迷っていたのだが、初めての場所に行きたいという思いから今回は加古川駅を選択した。

神戸や明石から瀬戸内海を眺めながらスピード満点の新快速で揺られること30分ほど。JR加古川駅に到着した。

想像していた通りの大きな駅で、駅の南側にはCAPILという商業施設があったりと、それなりに栄えた街である。これもやはり新快速効果なのだろう。

加古川は姫路と同じく播州の都市であるが、加古川が姫路と違うのは神戸へ通勤する人が多いという点だろうか。加古川は神戸都市圏に属しているが、姫路は独自の都市圏を形成している。

駅をうろうろしていると「棋士のまち」という看板を発見した。久保九段に稲葉八段に今の将棋界を引っ張る有名棋士を輩出した街だそうで。

典型的な郊外の街といった感じで駅の北側にもロータリーがきちんと整備されている。南側に商業施設が多いのに対して北側はマンションが多く住宅地といった感じなのだろう。

加古川駅周辺は高架になっており、高架下には飲食店やコンビニなど便利な施設が立ち並んでいる。

その高架下を抜けて再び駅の南側へ向かった。

今回の一番の目的は加古川の商店街を散策することである。いつも私はGoogleマップの航空写真で記事に出来そうな場所を探すのだが、加古川にも良さそうな商店街を見つけたのだ。

道が狭いこと、道路が入り組んでいること、建物が古いこと、この3つの条件を満たせばディープな街である可能性高しである。

まずは駅から南西に伸びるアーケード付きの歩道が設置されている道路から進んでいこう。ベルデモールというらしい。

商業施設も多く、なかなか繁盛してそうな通りである。この時は平日だったので人は少なめだったが、休日は多くの人で賑わっていそうな雰囲気である。

加古川名物とは何も思いつかないのだが、かつめしが名物らしい。気になる方はWikipediaをチェックしてください。Wikipedia⇒かつめし

私は今回、加古川駅の姫路名物のえきそばを食べた。せっかく加古川に足を運んで姫路名物を食べるという・・。そろそろグルメの方も勉強しよう。

かつめしモニュメント?のすぐちかくには鯉が居た。こんな街中に鯉が居ていいのか・・・奈良の大和郡山以来の衝撃を受けた。大和郡山市の遊郭・洞泉寺遊郭跡を訪れた

ベルデモールに垂直に接続しているのが寺家町商店街である。こちらに入ると、薄暗くアーケードも古めで、ややそれっぽい雰囲気が出てきたぞ。

産業会館のビルの中にはくつ修理や合カギつくりのお店がある。

少し古いアーケードのようで、透明のトタンは少し汚れて日差しを幾分遮っているようだ。

寺家町商店街のお店の名前はすべて「じけまちまっぷ」に記載されている。

寺家町商店街でも一部、空き地がある。駅に近いので、マンションでもできるのだろうか。商店街の外から見ると、アーケードの骨組みがハッキリと確認できるので面白い。

アーケードの外へ出たついでに、商店街の外も散策してみることにした。

スナックなどが入居する雑居ビルがあり、やたらとたくさん掲げられている看板が目立つ。

その向かいには割烹料理屋がみられる。おや、この記事を書いていて思ったのだが、もしやここも遊郭跡なのでは・・・というわけで調べてみた。

どうやら関根新地という赤線があったらしく、写真で撮影した場所は、通称「検番筋」と言われ、昭和30年ごろまではダンスホールやバー・キャバレーなどが軒を連ねていたという。

なんとなくそれらしき雰囲気はある。もともと大規模な風俗街ではなかったのだろうか、あまり遊郭風の建物はあまり残っていない。

ただ、街の雰囲気から遊郭跡っぽさを感じ取れるのは、今まで十か所以上の遊郭跡に足を運んで記事にしてきた経験が活きているのかも知れない。

路地裏もノスタルジックな感じのする路地裏も

少し商店街から外れてしまったが、面白い街並みが見られるのでもう少しお付き合いくださいませ。金のリボンという名のお店を左に曲がっていく。

次にとりあえず商店街に戻ろうと思い、細い道を南方向へ進んでいく。

この辺もなかなか昔ながらの建物が見られた。両角医院がインパクトがあるだろう。錆の部分がとてもノスタルジックである。

そうこうしているうちに、大通りに出た。この大通りは加古川市と同じく兵庫県の小野市を結ぶ道路である。

じけまち商店街はこの大通りと垂直にクロスしていて、アーケードはここで一旦途切れている。

さて、再び商店街に戻り、さらに西側(駅から遠ざかっていく)へ歩いて行こう。先ほど歩いた駅方面とは異なり、かなりの寂れっぷりだ。

最初に寺家町商店街に入ったときの予感は的中したようだ。時折、自転車が脇を通り抜けていくが、基本的に人は歩いていない。

商店街と直交する道から見ると、こんな感じで、「じけまち」の文字が薄くなってしまっている。

心なしかトタンの汚れも、駅近くの場所よりひどいような・・・

寺家町商店街の西の方まで来ると、商店のない民家もある。もともとは商店を構えていたのだろうか。というか、そもそも人が住んでいるのかさえ分からないような家も見られる。

とにもかくにも渋い。

シャッターが目立つ中、こちらも見た目渋さ満点の商店がある。「ひだりや」という化粧品とアクセサリーのお店だ。「七五三」「成人式」「御結婚式」「夏祭り」等の和装用の髪飾りから普段着用の髪飾りが揃えられているという。ひだりや

さらに西へ進んでいくと、これまたインパクトのあるお店が目に飛び込んできた。こちらはファッションプラザ マエダ

見たことのないような外観のお店。若者向けの服屋に見えなくもないが、ちょっと違うような気も・・・。調べてみると、シニア洋服販売・お直しの洋品店『マエダ』ということだった。納得。

さて、かなり長くなったが、せっかく写真撮影してきたので、紹介しておこう。

こちらは喫茶「おとずれ」。だが「おとすれ」に見える。濁点の部分が剝がれてしまったのか、「す」に同化したのだろうか。

こちらは本店「たからや館」。喫茶おとずれにしてもたからや館にしても、おそらくはもう営業はしていないだろう。

人は住んでいるだろうと思ったのだが、錆びついた自転車、それに玄関付近の鎖を見ると、それも疑わしい

相変わらず、人通りはあまりなく、ときおり自転車が通る程度である。

自転車に乗った帰宅途中の女子高生二人とすれ違ったのだが、「お前しばくぞ、〇ね」という会話を普通のトーンでしているところを見ると、やはり播州はガラが悪いと思ってしまった。

さて、ようやく寺家町商店街の西端に到着した。西側からアーケードを見るとこんな感じである。どこから見ても同じデザインの文字で「加古川一番街じけまち」と表記されている。

商店街を出て左前にはお地蔵さんがある。「本町地蔵尊」ということはここが加古川の古くからの中心地だということだろうか。

西の端には陣屋の山脇邸がある。かつて参勤交代で訪れた大名が宿泊したほか、明治天皇もここで昼食をとったという。

そんな歴史上の重要な場所には現在、ひな人形の店「陣屋」がある。

アーケードの西端を出て、少し北へ歩くと、これまたレトロというよりも渋い住宅がある。

どうやったらこんな感じが出るのか知りたい。おそらく現代の技術を持ってしても、寺家町の渋さは出せないだろう。外観だけでなく、その土地に染み付いた歴史や念がこの雰囲気を出しているに違いない。

あとは、再び加古川駅に向かって歩いていくだけだ。こちらはアーケードの外から見た「シニア洋服販売・お直しの洋品店『マエダ』」。

再び加古川小野線へ出てきた。アーケードの骨組みを眺めながら歩いていく。

以上で今回の加古川散策は終了である。途中、少し道草をしたが、寺家町商店街を中心に旅をした。思っていたよりも、ディープで渋い街並みが見られて満足である。

西脇市行の加古川線に乗って、丹波を目指す。

このとき加古川線は一両であった。車内は満員で座れずぎゅうぎゅう・・・・。せめて2両はつなげようよJR西日本さん。

次回は丹波編・・・ではなく関東編です。

 

 

 

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