被差別部落

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被差別部落と浄土真宗の関係について

被差別部落で信仰されている宗教は浄土真宗に限る。それは江戸時代に成立した檀家制度と関係している。檀家制度とは寺院が檀家の葬祭供養を独占的に執り行う条件のもとで結ばれた寺院と檀家の関係のことだが、被差別部落の人々が檀家として認められたのは浄土真宗に限定されていた。浄土真宗本願寺派や真宗大谷派のお寺が中心となって、被差別部落民の面倒を見ていたのである。実際に京都の被差別部落、崇仁地区を訪れてみると、浄土真宗以外の宗派のお寺は地区内に存在しないことが確認できた。
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さすが芦屋市・上宮川町というキレイな同和地区を散策

関西の高級住宅街として知られる芦屋市にも同和地区・被差別部落は存在する。上宮川町という地区である。現在は他の同和地区と同じく改良住宅と呼ばれる市営住宅が立ち並んでいる。しかし、上宮川町が違うのは、市営住宅がとても綺麗だということだ。道にゴミは落ちていない、壁はキレイ、落書きはない、そこら辺の住宅地と比べても普通以上と言えるだろう。また、町内には隣保館があり、隣保館と表記された看板があるのも特徴的である。
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【西宮の市営住宅群】かつての被差別部落・芝村地区周辺の散策

住みたい街常連の西宮市。そんな西宮市にもかつて被差別部落だった地域がある。芝村である。現在の西宮市西福町・神明町・芦原町・両度町・高松町・南昭和町・丸橋町に当たる地域である。明治4年の解放令時点で1000人を超える人々が住んでおり、1933年西宮市への編入合併が行われた時点では3000人近い人々が住んでいた。JR西宮駅から阪急西宮北口駅まで歩いて地域を散策すると、市営住宅群を見ることができた。
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【被差別部落と同和地区】言葉の意味や対象地域の違いは?

被差別部落と同和地区はほとんど同じ意味で使用されることがあります。しかし意味するところは少し違います。被差別部落がせん民身分の人やその子孫が多く住む地域。同和地区が同和対策事業が実施された地域のことです。同和地区は行政用語とも言えるでしょう。また、被差別部落すべてで同和対策事業が行われたわけではないため、対象となる地域も異なります。
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被差別部落の伝統食も一般化?【油かす・さいぼし・ホルモンなど】

先日、伊予製麺で「大阪名物かすうどん」というメニューを食べる機会があった。かすとは油かすのことで、西日本では被差別部落のソールフード、伝統食として食べられてきた。それが今や一般社会でも流通するようになっている。そのほか、焼き肉の大人気メニューであるホルモンはもちろん、サイボシなども一般的な食事になりつつある。
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【崇仁地区再訪】これから変わりゆく街並みを見ておきたい・・・

崇仁地区では京都市芸大の移転などで今後街並みが大きく変わろうとしている。そんな中、今回は取り壊しが予定されている公営住宅の立ち並ぶエリアを散策した。崇仁では崇仁新町という屋台村がコミュニティスペースとしてオープン。新たな地域再生への取り組みが始まっている。
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京都の都心近くにある被差別部落・天部村のいまをいく

かつて天部村と言われた被差別部落が京都市の都心部、鴨川沿いの三条通り近くにある。もともと天部村は四条河原町付近にあったのだが、秀吉の都市政策によって現在の場所に移転した。
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【新大阪のアンタッチャブルゾーン】飛鳥人権文化センターの跡地と周辺散策

大阪の玄関口として機能している新大阪。新大阪駅から1㎞ほど東に行った場所には飛鳥人権文化センター(飛鳥解放会館)の跡地がある。現在は空地や分譲マンションが建っているが、かつて飛鳥会事件が発生した飛鳥地区の解放同盟の活動拠点であった。周辺には南方や日之出といった同和地区(被差別部落)がある。
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【京都芸大キャンパス移転】人口減少が続く崇仁地区に活気は生まれるのか  

現在、同和地区(被差別部落があった地区)では全国的に人口減少が続いています。京都駅からほど近い崇仁地区でも同様です。そんな中、京都市芸術大学(京都芸大)が崇仁地区へのキャンパス移転することが決定しました。移転後は崇仁地区が文化、芸術の拠点となることが期待されます。京都芸大はもちろん、崇仁地区の活性化につながることが期待されます。
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部落探索・芦原橋この町が太鼓の産地になったワケとは

JR大阪環状線の芦原橋駅。この近辺には太鼓メーカーが多く見られます。この理由は芦原橋駅周辺(西浜)が被差別部落地区だったからです。皮革産業の一環として太鼓の製造が盛んにおこなわれていたというわけです。現在、芦原橋駅周辺には市営住宅が立ち並んでいます。また、人権博物館・リバティ大阪がある場所としても知られています。
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