遊郭

裏文化目録

夜の袋町遊郭跡へ~彦根に残る遊里~

滋賀県北部にある彦根市にはかつての遊郭跡がある。住所は河原町2丁目で、芹川と花しょうぶ通りに挟まれた地域にある。彦根城の城下町として栄えた街には狭い路地が多い。袋町小路と言う名前も袋小路に由来する。袋町遊郭が明治9年のこと、最盛期の昭和初期には70件のお座敷が存在したという。その後、赤線地帯を経て、スナック街となった。現在でも数多くの飲食店が軒を連ねている。
裏文化目録

福井・武生の尾花遊郭跡がほとんど異世界だった

今回訪れたのは、越前市武生にある尾花遊郭の跡地である。尾花遊郭は昭和初期に最盛期をむかえ、当時はお店23軒、娼妓が100名近く在籍していたという。武生駅からは北西方向に10分ほど歩いた場所にある。東西の道路と南北のメイン道路がクロスする地点を中心にカフェー建築がいくつか見られた。また、現役当時のままの妓楼も、数少ないものの存在した。
裏文化目録

大和郡山市の遊郭・洞泉寺遊郭跡を訪れた

大和郡山市には奈良の三大遊郭のうち、2つの遊郭跡がある。洞泉寺遊郭はそのうちのひとつで、最盛期には貸し座敷が17軒ほどあったという。今でも格式高い妓楼が綺麗な姿で保存されている。
裏文化目録

妓楼の残骸【東岡遊郭跡】近鉄郡山駅から徒歩10分

今回、奈良の三大遊郭のひとつ東岡遊郭の跡地を訪れた。近鉄郡山駅から南東に10分ほど歩くと、妓楼の跡地が見えてくる。大正時代に最盛期を迎えた遊郭は戦後GHQの指導の下、赤線地帯となる。さらに1958年の売春防止法成立により、事実上遊郭としての営業は終了したが、ここ東岡遊郭では引き続き売春が行われていたんだとか。
裏文化目録

奈良の三大遊郭跡のひとつ【木辻遊郭】を訪れた

奈良の中心付近からほど近い場所に、江戸時代初期に誕生した木辻遊郭の跡地がある。東木辻町、鳴川町、瓦堂町一体にはかつて遊郭の座敷が存在していた。規模は大きなものではなかったが、今でも所々にその名残りがあり、静観荘は現役で営業中の元遊郭の旅館である。
ディープ目録

川崎駅からDEEPゾーンへ~かつて遊郭があった川崎・南町を散策 

一日平均乗車人員21万人を誇る川崎駅を降りて、周辺を散策する。川崎駅辺りLA CITTADELLAがあったりと、意外にもオシャレな雰囲気が感じられた。しかし、南町に入った途端、雰囲気は一変する。ヤクザ風、チンピラ風のおじさん、お兄さんが見られ、さらにはソープやラブホテル、ストリップなどそっち系のお店が多く見られ、ディープ、アンダーグラウンドな雰囲気が漂っていた。かつて多摩川の六郷渡しの休憩所ということで、宿場町として栄えた川崎には遊郭があった。川崎遊郭が形成され、売春防止法の成立後、ソープランドなどに営業形態を変え、今でもその名残が見られる。
裏文化目録

【旧橋本遊郭散策】駅からほど近い場所にある遊郭街はまだまだ現存していた

京都府と大阪府の県境に旧橋本遊郭という遊郭跡がある。八幡市の京阪橋本駅から歩いてすぐの場所、京街道(大坂街道)と大谷川に挟まれてかつての色街(遊里)は存在する。淀川の渡船近くに位置することから宿場町としての役割を果たしており、全盛期には80軒を超える建物数を誇っていた。売春防止法の成立によって橋本遊郭跡となったが、現在でも当時の趣がしっかりと残っていた。
裏文化目録

闇市の私娼窟に始まった青線地帯・国際園とはどんな街か

岐阜で遊郭と言えば金津を思い浮かべる方は多いでしょうが、金津園から数分歩いた場所に国際園という元遊郭街があります。国際園は戦後、金神社の境内にて、闇市の私娼窟に始まった旧青線地帯で、非合法に売春が行われてきました。現在の花園町に移転したのは1956年のこと、ちょうど売春防止法が成立した年でした。
裏文化目録

岐阜駅前の旧赤線地帯・金津園をおとずれて

岐阜駅から南へ数分歩いたところには東海地区最大規模の歓楽街があります。金津園といい、戦後はGHQの管理体制のもと、赤線地帯として売春が行われていました。金津遊郭としてはじまり、その後、西柳ケ瀬、東中島と移転し、現在は紡績場の跡地にあります。区画内には約50店舗があり、1958年の売春防止法成立からは現在までソープランドとして営業中です。
裏文化目録

滋賀八日市の旧赤線地帯がまるで異世界!延命新地を散策してみた 

滋賀県東近江市八日市に延命新地という旧赤線地帯がある。1958年の売春防止法成立以降はスナックやバー、料亭などに営業形態を変えて存続された。しかし現在、多くの店舗は廃業に追い込まれて衰退の一途を辿っている。
タイトルとURLをコピーしました