スポンサーリンク

ハニワ見物・高槻の今城塚古墳に行ってみた

摂津国北部の三島平野には多くの古墳群が残っており、今城塚古墳はその三島平野の中央部に位置しています。

今回訪れた大阪府高槻市にある今城塚古墳は、古墳時代の6世紀前半に築造された前方後円墳で、古墳の被葬者は謎の多き継体天皇であるとされています。

謎の大王と呼ばれるわけ

古墳時代を語るとき、継体天皇が大和王権の中枢である磐余玉穂宮へ遷るのに20年を要したことや継体天皇崩御後の王位継承が混沌としていることなど不明な点も多々あるが、継体天皇が謎の大王と呼ばれる最大の理由は、応神天皇から5代目の子孫とされている点である。5世代も離れると疎遠すぎて王統の継承性が疑われ、全く新しい王統といっても差し支えないとする説も多い。別の言い方をすると、今上天皇まで連綿として続いてきたとされる皇統は、実は継体天皇から発しているかもしれないということである。

継体天皇期の6世紀は前後の5世紀・7世紀と異なり、当時の日本の歴史を読み解く根拠となっている中国の『宋書』『隋書』に倭国伝の記載がなく文献史学上空白の時期であるといわれ、様々な想像が膨らみ古墳時代の歴史に一層のロマンを駆り立てられる要因にもなっているようである。

https://www.osaka21.or.jp/web_magazine/osaka100/014.htmlより

ちなみに宮内庁はここから1.3km離れた太田茶臼山古墳を継体天皇陵としているが、築造の時代的には今城塚古墳が真の継体天皇陵であるとする説が非常に有力とされています。

発掘調査は97年から高槻市立埋蔵文化財調査センターが積極的に行っており、数多くの埴輪がこれまで出土しています。出典度数や埴輪祭祀区の規模が日本最大であり、復元のものは今城塚古墳に、出土したものは今城塚古代歴史館に展示されています。

摂津富田駅から2km

高槻市内にあるJR摂津富田駅で降りて、腹ごしらえをしてから古墳に向かいます。富田はJRの駅と阪急の駅が非常に近く、人通りの多い商店街となっています。

摂津富田駅から今城塚古墳まで、真北に1.5kmほど離れており、緩やかな勾配を上っていくこと20分ほどで到着します。国道171号線にはロードサイドのチェーン店が建ち並ぶが、ほとんどは住宅街となっています。

古墳に到着すると、濠の周りに円筒埴輪がズラッと並べられているのが確認できます。濠は水が張られているエリアとそうでないエリアがあり、水の無いエリアからは古墳に入ることができます。

散歩コース、子どもの遊び場として最適な公園となっています。宮内庁が管轄している場合、古墳内に入れないことが多いのですが、ここは自由に出入りできるという点も良いですね。

そして公園内の祭祀場には、数多くの復元埴輪が並べられています。これらは円筒埴輪とは別に、形象埴輪と呼ばれるそうです。

ここ今城塚古墳からは、家形埴輪、器財埴輪、人物埴輪、動物埴輪などが数多く出土しており、被葬者がいかに権力者であったのかうかがい知ることができます。

ここまで多くの古墳を見るのは初めてなので、圧倒されてしまいます。

無料で入れる今城塚古代歴史館

公園の傍にある今城塚古代歴史館には、出土した埴輪が展示されています。こちらの歴史館は高槻市が運営しており、入場料は無料。おすすめです。

<展示されている形象埴輪>

<展示されている円筒埴輪>

埴輪の他にも、歴史館には古墳の作り方、三島古墳群の歴史など、古墳に関係することを学ぶことができるようになっています。

新池ハニワ工場公園

さて、高槻市はハニワを学ぶには最適な場所なようで、今城塚古墳から北西に1.2kmほどの場所には、ハニワ工場公園があります。

ハニワ工場公園には、実際にハニワが製造されていたカマが展示されています。

また、作業場の復元もあります。ニュータウンの中に藁葺の建物が存在するのは、ミスマッチで趣があります。

こちらは駅から遠いので、高槻市営バスを使用することをお勧めします。

大阪のベッドタウンというイメージが強い高槻市ですが、歴史ゆかしい街でもあります。古墳や埴輪を見ながら、古代のロマンを感じてみるのも良いかもしれません。

 

 

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました