神話とか不思議なこと

3つの尾根にある滋賀の廃寺跡 天智天皇が建てた崇福寺跡

667年、天智天皇が大津宮に遷都してから1年後、崇福寺か建てられた。その後、火災や抗争に巻き込まれながらも室町時代までお寺は存続した。崇福寺は3つの尾根に別れ、南尾根には金堂と講堂、中尾根には小金堂と三重塔、北尾根には弥勒堂があった。ちなみに南尾根は梵釈寺であることが判明している。現在は森にひっそりと、土台の部分が残るのみとなっている。近くにある金仙の滝は天智天皇が崇福寺を建てるきっかけとなった逸話の舞台だ。
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滋賀里にある大仏様【志賀の大仏】を訪れた 百穴古墳群も

滋賀県大津市の滋賀里には「志賀の大仏」という大仏様がいらっしゃる。というのも昔、この辺は滋賀と京都をつなぐ志賀越道が通っていて、多くの人たちが行きかっていたという。志賀の大仏はこうした数々の旅人を見守ってきたそうだ。また、JR唐崎駅、京阪滋賀里駅を登っていく道中、百穴古墳群(ひゃっけつこふんぐん)という古墳時代後期の古墳も見つけた。
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阪神淡路大震災から22年 新長田駅周辺を散策した

阪神淡路大震災で被害の大きかった長田区。新長田駅周辺では倒壊や火災によって壊滅的な被害を受けた。現在は再開発事業によってきれいに整備されていて、震災の爪痕は姿を消した。しかし復興のシンボルとして建設された鉄人28号や地下通路の展示はこの地で震災による大きな被害があったことを思い起こさせてくれる。
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堅田落雁で知られる満月寺・浮御堂を訪れた

中世の頃、水運の拠点とした堅田地区の湖岸沿いには浮御堂があります。浮御堂は満月寺の境内にあるお堂で、その名の通り、琵琶湖に浮かんでいるように見えます。浮御堂の景色は松尾芭蕉をはじめ多くの俳人が愛し、境内には多く句碑が立ち並んでいます。
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【崇仁地区再訪】これから変わりゆく街並みを見ておきたい・・・

崇仁地区では京都市芸大の移転などで今後街並みが大きく変わろうとしている。そんな中、今回は取り壊しが予定されている公営住宅の立ち並ぶエリアを散策した。崇仁では崇仁新町という屋台村がコミュニティスペースとしてオープン。新たな地域再生への取り組みが始まっている。
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オセロカーリングをやってみた

平昌オリンピックでカーリングが始まりました。今回はオセロと床を使ったオセロカーリングを紹介します。アイスリンクが無くても誰でも手軽にできるので、とてもお勧めです。
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【聖地巡礼】ちはやふるの舞台となった近江神宮 

近江神宮では毎年競技かるたの全国大会が開かれるなど、かるたの聖地として知られています。アニメや映画のちはやふるの舞台となり、聖地巡礼の場所としても有名です。近江神宮のご祭神である天智天皇が詠んだ「秋の田のかりほの庵のとまをあらみわが衣手は露にぬれつつ」が小倉百人一首の巻頭に載っていることから、近江神宮が聖地となりました。
DEEPな街歩き

闇市の私娼窟に始まった青線地帯・国際園とはどんな街か

岐阜で遊郭と言えば金津を思い浮かべる方は多いでしょうが、金津園から数分歩いた場所に国際園という元遊郭街があります。国際園は戦後、金神社の境内にて、闇市の私娼窟に始まった旧青線地帯で、非合法に売春が行われてきました。現在の花園町に移転したのは1956年のこと、ちょうど売春防止法が成立した年でした。
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戦後栄えたアパレル産業の集積地~岐阜の繊維問屋街を散歩した~

岐阜駅近くには戦後栄えた繊維問屋街があります。岐阜ではアパレル王国と呼ばれるほど既製服産業が栄え、東京、大阪と並んで日本三大繊維産地と呼ばれるまでに成長しました。しかし近年、輸入品の増加や大規模小売店の台頭で、衰退傾向にあり、繊維問屋街ではシャッターも目立っていました。
廃墟の写真とか

宝塚にひっそり存在する丁字ヶ滝隧道を訪れた

住宅街として人気の宝塚。宝塚駅から10分ほど歩いたところにその隧道はひっそりと存在しています。駅から武庫川を渡り、丁字ヶ滝や見返り岩のある場所に丁字ヶ滝隧道はあります。レンガ造りで、下は水たまりがあるのが特徴的でした。
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