街歩きや散策の記事

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川崎駅からDEEPゾーンへ~かつて遊郭があった川崎・南町を散策 

一日平均乗車人員21万人を誇る川崎駅を降りて、周辺を散策する。川崎駅辺りLA CITTADELLAがあったりと、意外にもオシャレな雰囲気が感じられた。しかし、南町に入った途端、雰囲気は一変する。ヤクザ風、チンピラ風のおじさん、お兄さんが見られ、さらにはソープやラブホテル、ストリップなどそっち系のお店が多く見られ、ディープ、アンダーグラウンドな雰囲気が漂っていた。かつて多摩川の六郷渡しの休憩所ということで、宿場町として栄えた川崎には遊郭があった。川崎遊郭が形成され、売春防止法の成立後、ソープランドなどに営業形態を変え、今でもその名残が見られる。
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早朝の京都刑務所外周りを散策した

昭和2年に京都市上京区から京都市山科区椥辻に京都刑務所は移転した。現在では外環状線や地下鉄東西線椥辻駅から近いということで、宅地開発が盛んに行われ、大型マンションも立ち並ぶ。今度は移転案が出ているが、2001年に改築したばかりで実現は難しいと思われる。山科刑務所ではF指標、B指標、LB指標の区分の男性受刑者が1500人ほど入所しており、それぞれ木工作業、印刷作業、洋裁作業が行われている。また、職員宿舎も多く併設されており、10万平方メートルという広大な土地が利用されている。
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【東福寺で苔観察】ウマスギゴケが見事な方丈庭園

今回は東福寺で苔観察。ウマスギゴケが綺麗な重森三玲が手がけた方丈庭園はもちろん、境内外にはゼニゴケなどのコケ植物、さらにはシダ植物も見られた。方丈庭園を見ながらのコケ観察はとても贅沢だった。
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【祇王寺で苔観察】竹林に囲まれてた草庵の見事なスギゴケ

京都には多くの苔の名所がある。今回は祇王寺というお寺を訪れた。平家物語の舞台にもなった祇王寺は、京都の嵯峨野に位置する。庭園には杉苔(スギゴケ)、フデゴケなど数多くの苔を観察することができる。
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【比叡山の三大魔所】大阿闍梨が住む飯室谷不動堂を訪れた

比叡山には三大魔所がある。ここでいう魔所とは、怖い場所という意味ではなく、身を慎み殺生をしてはいけない場所という意味である。今回はそのうちのひとつ、飯室谷不動堂を訪れた。飯室谷は2回の千日回峰行を達成した大阿闍梨・酒井雄哉氏が晩年を過ごしたほか、現在では大阿闍梨の藤波源信が住職を務める。本草は不動明王立像である。
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甲子園訪問記

高校野球の聖地・甲子園。球児たちが華やかにプレーする夢舞台に今回訪れてみました。 普段、退廃的な生活を送っている私ですが、たまには華やいだ雰囲気の場で、球児、観客、そして甲子園から気力をもらっておこうと考えたわけです。 梅田...
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滋賀里にある大仏様【志賀の大仏】を訪れた 百穴古墳群も

滋賀県大津市の滋賀里には「志賀の大仏」という大仏様がいらっしゃる。というのも昔、この辺は滋賀と京都をつなぐ志賀越道が通っていて、多くの人たちが行きかっていたという。志賀の大仏はこうした数々の旅人を見守ってきたそうだ。また、JR唐崎駅、京阪滋賀里駅を登っていく道中、百穴古墳群(ひゃっけつこふんぐん)という古墳時代後期の古墳も見つけた。
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阪神淡路大震災から22年 新長田駅周辺を散策した

阪神淡路大震災で被害の大きかった長田区。新長田駅周辺では倒壊や火災によって壊滅的な被害を受けた。現在は再開発事業によってきれいに整備されていて、震災の爪痕は姿を消した。しかし復興のシンボルとして建設された鉄人28号や地下通路の展示はこの地で震災による大きな被害があったことを思い起こさせてくれる。
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堅田落雁で知られる満月寺・浮御堂を訪れた

中世の頃、水運の拠点とした堅田地区の湖岸沿いには浮御堂があります。浮御堂は満月寺の境内にあるお堂で、その名の通り、琵琶湖に浮かんでいるように見えます。浮御堂の景色は松尾芭蕉をはじめ多くの俳人が愛し、境内には多く句碑が立ち並んでいます。
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【崇仁地区再訪】これから変わりゆく街並みを見ておきたい・・・

崇仁地区では京都市芸大の移転などで今後街並みが大きく変わろうとしている。そんな中、今回は取り壊しが予定されている公営住宅の立ち並ぶエリアを散策した。崇仁では崇仁新町という屋台村がコミュニティスペースとしてオープン。新たな地域再生への取り組みが始まっている。
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