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菅原道真の怨霊を鎮めた神社-京都・北野天満宮-

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みなさんは日本三大怨霊というのを聞いたことはあるだろうか。日本三大なんとかというのは結構あるもので日本三大名勝、日本三大祭りなど例を挙げ出したらきりがない。そんな三大シリーズにもおぞましいものがある。例えば日本三大幽霊というものがある。これは番町皿屋敷のお菊さん、四谷階段のお岩さん、累ヶ淵の累さんである。そして今回紹介する神社で祀られているのは日本三大怨霊のうちのひとつ、菅原道真である。ちなみに三大怨霊のうち残る2人は平将門、崇徳天皇である。

道真はご存知のように学問の神様として、全国の天満宮で祭られている。当然ここ北野天満宮でも同様である。しかし今回は怨霊としての菅原道真に着目して北野天満宮を訪れた。後にも説明するが北野天満宮は道真の怨霊を鎮めた神社である。

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秋晴れの中北野天満宮の参道に入っていく。ちょうど今出川通り、中立売通り、御前通りが交差するところである。

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参道に入ると動物の黒い銅像が見えてきた。おそらく牛ではないかと思う。

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さすが観光地というだけあって参道周辺はきれいに整備されている。

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さらに参道横には君が代の歌詞に出てくるさざれ石がある。

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いよいよ階段を上って境内に入る。

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すると登場したのはまたしても牛である。とにかく牛の姿が目立つ。

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手水舎にも牛が。あとで調べてみると、北野天満宮の主祭神「菅原道真」の牛に関する伝説、逸話があることから、こうして臥牛の像が数多く奉納されているらしい。

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どうやらここでは牛が神使いとされているようだ。その理由は他サイトを見てみよう。

1.道真の生まれた年が丑年
2.道真が亡くなったのが丑の月の丑の日
3.道真は牛に乗り大宰府へ下った
4.牛が刺客から道真を守った
5.道真の墓(太宰府天満宮)の場所を牛が決めた

京都おもしろスポット  より引用

境内と参道合わせてなんと13体もの牛が横たわっている。

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境内は非常に立派な建物が立ち並んでいる。さすがは京都の観光スポットというだけある。不躾ではあるが、なかなか儲かっていそうである。金回りがいいから神社内を綺麗な状態に保つことができ、神社の魅力を高めることができるのだろう。

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きっとそのような好循環が起こっているのだろう。建物を見ると、赤い塀と茅葺の屋根が綺麗にマッチングしている。

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境内には澄んだ空気が漂っていた。もちろん秋晴れということもあるが、それ以上に何か北野天満宮自体が聖域のようになっているのではないかという気もした。やはりこのへんは道真の怨念を鎮めた神社というだけある。

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神社の外に目を向けると、御土居というものがある。天正17年に築かれた石垣あるいは石塁が見られた。

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その上には赤い柵で囲まれた舞台が。なかなか綺麗な場所であった。この下、つまり石垣の外側に小川が流れている。

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最後に怨霊、菅原道真と北野天満宮の関係について簡単に説明しておく。平安時代道真は自慢の才覚を武器に驚異の勢いで出世した。ところがそれをよく思わない朝廷の者もいて道真は九州の太宰府に左遷されてしまった。その後謹慎していたが、59歳で亡くなった。

道真の死後、京都では天変地異とも言える現象が次々と起こった。政敵の藤原時平が病死し、その後朝廷関係者が次々と死を遂げた。次第に京都では道真の怨霊の仕業ではないかと噂されるようになった。

さらに清涼殿に雷が落ちて朝廷要人に多くの死者が出た。そこで落雷事件のあと火雷神が祀られていた京都の北野に天満宮を作り、怨霊を鎮めようとしたわけだ。

怨霊を鎮める努力の甲斐あって、現在までの京都の繁栄がある。そのことをかんがえるともの凄いパワーを秘めた神社であることは間違いない。

 

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