【横浜・鶴見線】昭和の香りが残る国道駅を訪れた

猛暑が続く7月下旬、東京方面に遠征してきたので、これから5記事ほどはその報告に充てようと思う。まずは横浜駅周辺をウロウロしたのち、第一目的地へと向かう。

東京、というか首都圏に来たのは昨年の夏以来、およそ1年ぶり。毎回のことだが、人やビルの多さに圧倒されてしまった。首都圏ってまだ人口増えてるんでしたっけ。

混雑が激しい横浜駅で京浜東北線に乗り、鶴見駅で下車する。鶴見駅は横浜の北東に位置し、川崎市に近い場所にある。

鶴見駅には首都圏を南北に横断する京浜東北線のほか、臨海部へと続く鶴見線が通っている。鶴見駅が終着点となっている。

時刻は夕方近く。鶴見線のホームにはあまり人がいない。この時間帯は工場がある反対側からのお客さんの方が多いんでしょう。

今回訪れるのは国道駅。鶴見駅から一駅で到着する。なんでもこの国道駅がディープで良い味を出しているとの情報を耳にしたので、今回訪れた次第である。戦時中の銃弾痕が残っていたり、映画のロケ地にもなったという有名な場所なんだそうです。

発車時刻が近づいてきたら、さすがに人が集まってきた。デイタイムで1時間に3本という、首都圏とは思えない本数の少なさ。

電車に揺られること数分で国道駅に到着。こちらも鶴見駅のホーム同様、屋根はドーム型になっている。

線路に草が生えているところなんかは、少しローカル線っぽいが、大型のマンションがあるところを見ると、やはりここは大都会であることを思わせてくれる。

国道駅は高架になっており、ホームを降りて改札を出ることにした。

階段は2階層になっており、間には上りと下りをつなぐ連絡橋がかかっていた。連絡橋から下を見ると、こちらもドーム型の高架下スペースが広がっている。

やたらとフンが落ちていると思って見上げたら、鳩の住処となっているらしい。

まだまだ日が落ちるまで数時間あるのに、ガードしたは薄暗く少し不気味で怪しげな雰囲気も漂っていた。

するとどこからともなく、焼き肉の美味しそうな匂いがしてきた。

階段を下りて改札へ向かうと、やきとり屋さんが営業中。匂いの正体はこれだった。

国道駅は無人改札となっており、ICカードをかざす場所が設置されていただけというシンプルさ。

なかを歩いていきましょう。印象は古い、古い、古い。といった感じでとにかく目に見えるもの全てが古く、昭和時代にタイムスリップしたかのような感覚に陥る。

「三宝住宅社」という貸家、貸質屋さんの看板も見られた。

にしてもレトロ。

そうそう、ここで国道駅の由来を紹介しておかなければ。

国道駅という少々インパクトがある名前だが、由来はとても単純である。開業当初、国道1号線の京浜国道が駅の傍を通っていたことが駅名の由来となっている。

駅の高架下を山手側に出ると、目の前を横切る車が通りすぎるが、これが当時の京浜国道、現在の国道15号線である。

高架下から出て、少し周辺の住宅街も散策した。周りは結構普通っぽい住宅地で、特にこれといった特徴も見当たらない。

民家と民家の隙間からは国道駅の高架を見ることができる。高架が蔦で覆われているあたり、さすが

しばらく歩いていると、再び鶴見線の高架が見えてきた。ここが国道駅の浜側の端にあたる。

再び高架下に入ってみる。浜側には自転車が大量に止められていた。自転車放置禁止と書かれているが、一時的に止めるだけならよいんでしょうかね。

しかし、ここだけ見ると本当にここは横浜なのか・・といった印象を受ける。横浜と言えば、みなとみらいなどを筆頭にシャレオツな街が頭に浮かんでくるのだが・。

ポスターは共産党。やはりそっち系の街なんですね。住所は鶴見区生麦。あの生麦事件が起きた歴史的に重要な地でもある。

また共産党のポスター。どれだけ貼れば気が済むのやら。

さて、もう少し歩きましょうか。この日は酷暑がひと段落したこと、海に近いことで、ここ数日の暑さよりはかなりマシだが、それでも暑さによる疲労感がある。

高架下にスペースがあるのは、ここまでで、さらに浜側に続く高架下には住宅が入っている。鶴見川がすぐそこに流れているので、数十メートル歩いて川にいってみよう。

鶴見川は東京都町田市から神奈川県川崎市、横浜市を経由して東京湾に注ぐ一級河川である。流域がバクに似ていることから、しばしばバクが鶴見川のマスコットとして使用されるんだとか。

川沿いでは地元民井戸端会議を開いていた。よそ者は少し居づらい感じは、下町特有の雰囲気を感じさせてくれる。関西でいうと、尼崎などの阪神線沿線のイメージがちょうどよいかもしれない。

そろそろ次の場所へ向かうことにした。再び無人の改札方向へ、高架下を進んでいく。ここは釣り関係のお店。

古いお店も残っているが、すでに撤退してしまったであろうお店の空間があり、寂しげな様子が感じられた。廃墟・廃屋感アリ・・・。

首都圏では多くの駅で、再開発事業やエキナカ施設と呼ばれるスペースの活用が行われ、どこもかしこも似たような商業施設ができ、少しづつ個性に欠ける街並みが作られようとしている。

そういう意味では、国道駅のような個性たっぷりな駅というのは貴重な存在なのかもしれない。1日平均乗車数1500人ほどという小さな駅だからこそ、このようなレトロな空間が残っているのだろう。

再び国道駅から鶴見駅へと戻ることにした。夕方は意外と本数が多いところを見ると、臨海部にある工場勤務者の帰宅ラッシュがあることが考えられる。

しかし、国道駅の線路にごみが落ちすぎです。

鶴見駅行きの電車がやってきた。国道駅から乗る人は少なかったが、車内には仕事帰りの人が結構乗っており、それなりに活気が感じられた。

次に向かうのは川崎駅。関東を代表するDeepな街を散する。

つづく。

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『【横浜・鶴見線】昭和の香りが残る国道駅を訪れた』へのコメント

  1. 名前:記事作成者 投稿日:2018/08/05(日) 22:52:48 ID:e7867b2f5 返信

    >>1
    大津の王子様

    記事作成者です。いつもありがとうございます!
    まだまだ訪れていないディープ街や、レトロ街があるので、また記事更新できればと思います。

  2. 名前:大津の王子様 投稿日:2018/08/05(日) 16:23:28 ID:9de3f425d 返信

    いつも見させていただいています!ディープ街や、レトロ街の記事が好きです❗これからも拝見させていただきます❗m(__)m

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