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実は写真は去年ドライブで訪れたときに撮影したものである。その時はそんな廃屋が存在するのことも知らなかったのだが、偶然にもそれなったのである。ドライブの最中、その廃屋を見るなり、その恐ろしさから車を降りて写真撮影をせざるを得なかった。そのくらいインパクトのあるものであった。
場所は京都市左京区の久多という。京都市の左京区に属しているが、京都の市街地からは遠く離れており、あたりはほとんど山林に支配されている。この日は滋賀県の大津市の葛川地区を走る国道161号線から西へ細い山道を上がっていき、京都の久多地区へ入っていった。大津市の葛川地区も京都市の久多地区もともに過疎化が進んでおり、日用品を買うにも数十分っほど車を走らせなければならないような地域である。
さらに山道を上がっていくと久多の中心集落へ行くが、その手前の道を右折し奥へと進んでいった。
このあたりの集落は大変古い家が多く、茅葺きの住居も多く見られた。
山道を奥へ進んでいくといよいよ集落を抜けて辺りは雑木林ばかりという場所に入った。雑木林の中の細い道を進むとやや視界が開けて、ついにあの廃屋が目に飛び込んできたのである。
それを見た瞬間、ゾーっと背筋が凍るような感覚に襲われた。確かに建物の原型はとどめているが、なにやら普通の建物とはまったく違うものを感じた。
確かに茅葺きの家屋という時点で普段目にする家屋とは違うのだが、家の中からただならぬ気配を感じ取った。迫力というか威圧感のようなものが漂っていたのを覚えている。
一体何年前までこの建物は使用されていたのだろうか。そしてなぜ空き家となったのか。様々な想像が頭をよぎる中、意を決して建物の中を覗きこもうとした。まずは正面玄関に近づき、写真を一枚。
玄関から見る家の中は闇に覆われ、直感的に何かが潜んでいるという感じがした。
厭な気配を感じながら勇気を出して玄関の中へ入り、薄暗い部屋の中をよくみると、扉は外れ、障子は破れ、布団は散乱して、とても人が住んでいたようには思えない光景が広がっていた。
はたして、このように荒れ果てた姿になったのは、空き家になる前からなのか、それとも後からなのだろうか。
普通に考えれば、空き家となった後、雨や風にさらされたり、或いはイタズラによって、荒れた様子になるというのが自然だろう。そしてこの廃屋も雨や風にさらされたのだろうか。しかしそれだけにしては家の中の物が散らかりすぎている気がする。
今度は庭のほうからも撮影した。なぜこれほど物が散らかっているのかは謎である。
ということは物好きな何者かが浸入し、荒らしていったと考えるのが妥当なのかも知れない。しかし、この場所は人が立ち寄るにはあまりにも山奥すぎる。バイクのツーリングや車のドライブで行くのは皆久多の中心部の方でわざわざこの場所まで来るとは思えない。
それにしても何者かが潜んでいそうな雰囲気だった。得体の知れない者が住んでいて、それが家の中を荒らしているのでは、という気がしてならなかった。
最後に廃屋の裏にも回ってみた。布団が外へと引っ張り出されたかのようにも見える。
とにかくこの場所は怖かった。一刻も早く立ち去りたい、という場所であった。ちなみに廃屋の側には頭蓋骨が落ちていた。おそらく鹿か何かの動物だろうが、ここに載せるのは控えようと思う。この廃屋で過去に何があったかは分からないが、建物が手入れされず、中の物が放置されているところを見ると次のようなストーリーが考えられる。「昔お年寄りが亡くなって、空き家となった。そのお年寄りには身寄りがなく、荒れ果てたが当時の状態で建物が放置されている。」
廃屋の雰囲気から想像するとさらに恐ろしいストーリーが考えられなくもないが、想像はこの辺にしておこう。いずれにしても半端ではないオーラを放つ廃屋であった。皆さんの身の回りでもこのような廃屋が一、二件きっとあるだろう。そこには人知れぬ忌まわしき過去があるかも知れない。
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コメント
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