カテゴリ分けできない微妙な記事一覧

【戦時中のスパイ養成所】陸軍中野学校跡を訪れた

中野駅から10分ほど歩いたところ、東京警察病院と早稲田大学のキャンパスの間に陸軍中野学校跡はある。陸軍中野学校跡は戦時中、諜報、謀略、防諜などの教育を行っていた陸軍参謀本部管轄の教育機関であり、スパイ養成所とも言わる。太平洋戦争開戦後は、ゲリラ戦術の教育も行われ、卒業生は諜報活動だけでなく、遊撃も行い、戦争で活発に活動していた。陸軍中野学校があったのは中野区囲町、現在の中野4丁目にあたる場所であった。現在は、中野四季の森公園、帝京大学、明治大学のキャンパスとなっている。

早朝の京都刑務所外周りを散策した

昭和2年に京都市上京区から京都市山科区椥辻に京都刑務所は移転した。現在では外環状線や地下鉄東西線椥辻駅から近いということで、宅地開発が盛んに行われ、大型マンションも立ち並ぶ。今度は移転案が出ているが、2001年に改築したばかりで実現は難しいと思われる。山科刑務所ではF指標、B指標、LB指標の区分の男性受刑者が1500人ほど入所しており、それぞれ木工作業、印刷作業、洋裁作業が行われている。また、職員宿舎も多く併設されており、10万平方メートルという広大な土地が利用されている。

【比叡山の三大魔所】大阿闍梨が住む飯室谷不動堂を訪れた

比叡山には三大魔所がある。ここでいう魔所とは、怖い場所という意味ではなく、身を慎み殺生をしてはいけない場所という意味である。今回はそのうちのひとつ、飯室谷不動堂を訪れた。飯室谷は2回の千日回峰行を達成した大阿闍梨・酒井雄哉氏が晩年を過ごしたほか、現在では大阿闍梨の藤波源信が住職を務める。本草は不動明王立像である。

滋賀里にある大仏様【志賀の大仏】を訪れた 百穴古墳群も

滋賀県大津市の滋賀里には「志賀の大仏」という大仏様がいらっしゃる。というのも昔、この辺は滋賀と京都をつなぐ志賀越道が通っていて、多くの人たちが行きかっていたという。志賀の大仏はこうした数々の旅人を見守ってきたそうだ。また、JR唐崎駅、京阪滋賀里駅を登っていく道中、百穴古墳群(ひゃっけつこふんぐん)という古墳時代後期の古墳も見つけた。

阪神淡路大震災から22年 新長田駅周辺を散策した

阪神淡路大震災で被害の大きかった長田区。新長田駅周辺では倒壊や火災によって壊滅的な被害を受けた。現在は再開発事業によってきれいに整備されていて、震災の爪痕は姿を消した。しかし復興のシンボルとして建設された鉄人28号や地下通路の展示はこの地で震災による大きな被害があったことを思い起こさせてくれる。

戦後栄えたアパレル産業の集積地~岐阜の繊維問屋街を散歩した~

岐阜駅近くには戦後栄えた繊維問屋街があります。岐阜ではアパレル王国と呼ばれるほど既製服産業が栄え、東京、大阪と並んで日本三大繊維産地と呼ばれるまでに成長しました。しかし近年、輸入品の増加や大規模小売店の台頭で、衰退傾向にあり、繊維問屋街ではシャッターも目立っていました。

これが地方の現実 八日市の商店街を歩いてみた

地方の商店街はシャッター街と呼ばれるように、衰退が危惧されてきました。今回は滋賀県東近江市の八日市の商店街を訪れたのですが、閉店しているところも多く、人通りは全くと言っていいほどありませんでした。近年では大型商業施設を規制する法律が緩和されるなど、商店街にとってはさらに厳しい状況となっていますが、一体商店街の未来はどうなるのでしょうか。