京都の心霊スポット将軍塚を訪れた 

京都の東山には将軍塚という心霊スポットがある。東山は京都市東山区と山科区を分ける山であるが、将軍塚はその山頂にある。私は日ごろから心霊スポットの情報を耳にしているので、将軍塚の名前はよく聞いていたのだが、いまひとつ心霊スポットとしてのいわくは掴めていなかった。

いくつかサイトを見て将軍塚について調べたところ、首なしライダーという噂がもっとも多かった。それと将軍塚とどう関係するのか今ひとつ分からないが、現地に行ってみたら何か分かるかも知れないと思って足を運んだ。

将軍塚の名前の由来

まずは、なぜ将軍塚と呼ばれるようになったのか、名前の由来を調べてみることにした。

8世紀、桓武天皇は都を奈良から京都南方の長岡に移されましたがいろいろと事故が続きました。そこで、和気清麻呂が天皇を東山山頂にお誘いし、この辺りから京都盆地を見下ろしながら、京都が都の場所にふさわしい旨進言。天皇はその勧めに従って延暦13年(794年)、平安遷都に着手されました。桓武天皇は、都の鎮護のために、直径約20メートル、高さ2.5メートル程の将軍の像を土で作り、鎧甲を着せ鉄の弓矢を持たせ太刀を帯させ、塚に埋めるように命じました。これがこの地を「将軍塚」と呼ぶ由来です。

http://www.shorenin.com/gokaicho/sy.htmlより引用

短くまとめると「うまく都を治めるために、桓武天皇が祈祷した」ということである。平安時代は陰陽道をはじめ、非科学的な力によって世を治めようとしていたので、この桓武天皇の行為も納得できる。

そしてその将軍塚が東山山頂付近にあるという。ただ、将軍塚というものが目に見える形で現存しているものではなく、あくまで山頂付近が将軍塚と呼ばれているそうだ。

その将軍塚へは山科区側を通っている東山ドライブウェイから車やバスで訪れる人が多いようだが、今回は東山区側の山道を登って訪れた。あまり知られていないが、祇園近くの円山公園からは、登山道が将軍塚までつながっている。円山公園は平日ではあったが、観光客の姿が見られ賑わいを見せていた。

円山公園を訪れたのは3回目だが、新たな発見もあった。たとえばこのレトロな瓦斯灯(ガス灯)。

瓦斯灯
明治7・8年ごろ京都の街にも瓦斯灯がともされたこの瓦斯灯は日本に現存する初期の瓦斯灯としては最美の貴重なものであり英国ロンドンで製造され神戸外人居留地の街灯として使われていたものを実測して復元したものである
明治百年記念
1967年 寄贈 京都橘ライオンズクラブ

そして坂本龍馬と中岡慎太郎像。調べてみると、円山公園近くの東大路通から霊山に至る坂道は維新の道と呼ばれ、龍馬・幕末ファンの聖地として知られているらしい。

こんな感じで円山公園を観光しながら、山へと徐々に近づいていく。円山公園と山の境目を歩いていると、登山道の発見である。ここから山頂にある将軍塚までは20分~30分ほどかかるとのこと。

登山道を発見するのは少々難しいが、慈円山 安養寺の辺りをうろうろしていればそのうち発見できる。

途中、こんな石積みがあった。石積みはセメントなどで固められている様子はなく、地震で崩れてしまいそうである。

登山道には初夏らしく、爽やかな新緑が見られた。

傾斜はそれほど急ではなく、それなりに歩きやくなっている。ハイキングコースにはちょうどよさそうである。

途中、またしても石積が。一体なぜこんな山道に石が積んであるのかはわからない。先ほどの石積は上にお地蔵さんがあったので、祠のような意味があるのかもしれないが、今度は石積だけ。

しっかりと案内表示もあった。東山山頂公園の付近が将軍塚にあたるということで、息を切らしながらも足を進めていく。

いよいよ山頂付近に近づいてきた。心霊スポットということで、どんな不気味な場所なのかと楽しみにしていたが、いたって普通の森といった感じであった。

そうしている間にも山頂に到着である。

実は山頂には青龍門というお寺があり、天台宗青蓮院門跡があるのだが、着いたときには閉門していた。2014年にできた青龍殿という舞台は京都の新名所になりつつあるのだとか。

門内には入れなかったので、お寺の駐車場から景色を眺めることにした。こちらは山科側である。

次に5分ほど歩いて山頂公園に行く。駐車場の左側の道は東山ドライブウェイへと続く道である。平日の夕方であったが、それなりに車が停車していた。

展望台からは京都の市街地(山科とは反対側)を見ることができた。

最後になるが、気になったのはこのテント。近くには「テント禁止」と書かれた京都市の看板が立てられていたのだが、堂々とテントが張られていた。すぐ近くのベンチには男が座っており、もしかしたらその男が山籠もりするためのものなのでは・・。幽霊とは違った怖さが感じられる。

おわりに

特に怖いとか霊が出そうという雰囲気は感じられなかった。ただ、将軍塚という曰くつきの場所であることから何か不思議な現象が起きてもおかしくないかも知れない。また、大昔には粟田口処刑場があった場所にも近く、心霊スポットとしてのいわくは十分である。これからも心霊スポットとして、将軍塚の名は知られ続けることだろう。


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『京都の心霊スポット将軍塚を訪れた 』へのコメント

  1. 名前:田原 投稿日:2017/12/21(木) 01:20:57 ID:caac0abc8 返信

    こんにちは、わかりやすく大変興味深く拝見しました。丁度先日、将軍塚に行ってきました。お寺の門の中に、将軍塚そのものが整備されて存在しました、低い石垣に囲まれて、なんだか土まんじゅうのような芝生?の生えたまんまるの状態でしたが、不謹慎ですが、あれ本物なんでしょうかね。歴史が古すぎて、なんだか色々ありそうです。書いていただいている、20M×2.5Mですか、その大きさの物が上手く埋められるかな…となんとなく思います。祭祀なので、他にも外構など色々整えて埋めるとすると、、ただ土人形ですと、もう形が崩れてしまっているかもしれませんね。個人的意見ですが。京都はなかなか深い土地です。あちこち幽霊も出るでしょうね。個人的には、嵯峨野の小倉池が気になりますが。勉強になりました。有難うございました。

    • 名前:ウェスト 投稿日:2017/12/21(木) 10:09:23 ID:9c4fb32d4 返信

      コメントありがとうございます。

      調べてみたら、確かに将軍塚という円形のものがありますね。
      記事中では、将軍塚は現存していないと書きましたが、勘違いだったようです。

      「再現した」とか「復元」したという情報はないので、昔からあるものではないかと思います。参考サイト➡http://www.shogunzuka.com/shogunzuka.html

      なお小倉池ですが、以前当サイトで紹介しましたのでよろしければご覧ください➡http://e-kansai.net/2016/09/14/%E6%80%AA%E5%A5%87%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E5%B0%8F%E5%80%89%E6%B1%A0/

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