【川崎・日進町にあるドヤ街】簡易宿所密集地帯を散策

川崎駅から南町辺りをウロウロした後、さらに南西方向に向かう。住所は日進町というところで、目的地は京急本線・JR南武線の八丁畷駅にほど近い場所にある。

みなさんはドヤ街という言葉をご存じでしょうか。今回は川崎のドヤ街へと向かうことにした。

ドヤ街とは

ドヤ街という名前は聞いたことはあるが、その意味は知らないという方が居るかも知れないので、ここで簡単に説明しておこう。

ドヤ街とは日雇い労働者が多く住む街で、労働者向けの簡易宿泊所が多く存在する街のことである。

ドヤとは宿(やど)の逆さ言葉、隠語のような存在である。

戦後、寄せ場と言われる日雇いの仕事を斡旋するための場所に、全国から多くの労働者が集まった。それに伴って労働者向けの簡易宿所が設置されたということになる。特に、多くの労働者を必要とする大都市圏にドヤ街が形成された。

日本では以下のドヤ街が大規模かつ有名である。

・大阪 あいりん地区(釜ヶ崎)

・横浜 寿町

・東京 山谷

ただ近年、これらの街では高齢化が進み、日雇い労働者の街というよりも、生活保護者が多い街という印象を受ける。福祉の街なんて言い方もされることも多くなってきた。

日本でドヤ街というと、この3つが有名だが、実はこれら以外にもドヤ街は存在した。

川崎・日進町のドヤ街

今回、東京方面へ行くということで、色々とweb上で面白そうな街は無いかとググりまくっていたところ、日進町にドヤ街があるとの情報を手に入れた。

私自身、ドヤ街というと、大阪の釜ヶ崎、横浜の寿町、東京の山谷しか知らなかったので、これら以外にもドヤ街があるという事実は驚きであった。

以前の記事で紹介したように、この日は横浜の鶴見と川崎の南町を訪れていた。南町を出た後、西へと進み日進町へと向かった。

大通りを越えていくと、川崎小学校の校舎が見えてきた。

ここまでくると、川崎駅から少し距離があるということで、一戸建ての住宅も見られるようになってきた。

川崎駅からここまでだいぶ歩き、すでに日進町入りしているのだが、簡易宿泊所らしき建物は見られず、雑居ビル、マンション、一戸建ての住宅のみである。

夕やけが見られるようになってきて、少しずつ日が暮れようとしている。京急線の低い高架をくぐって簡易宿泊所が立ち並ぶ地区へと近づいていく。

京急線の高架をくぐると、見えてきたのが上並木公園。夏祭りでもあるのだろうか、多くの提灯が掲げられていた。

上並木公園の西側には川崎センチュリプラザというマンションがある。このマンションの裏にドヤ街は存在する。

マンションの裏に回ると、低層の住宅街が姿を現す。明らかにここは、、他の地域とは違うといった雰囲気をしっかりと感じ取りながら足を進めていく。

看板を見ると、「全室テレビ付 川崎家」。間違いなくここがドヤ街であることを教えてくれる。

ところどころ、空き地があり、すでに取り壊されてしまった様子。

そういえば、2015年にここ日進町のドヤ街で、火災が発生して11人が亡くなるという悲劇が起きてしまったのだが、もしかしてここがその現場では・・

と思って調べてみたのだが、火災が起きたのはここではなかった。実際に起きたのは下の地図の矢印で示した場所。

日進町のドヤ街の多くは、地図上で〇で囲んだエリアに密集しているのだが、そのエリアから外れて矢印の場所に2軒存在していた。

2軒のうち、「吉田屋」という宿泊所から出火し、もう一軒の「よしの」という宿泊所にも燃え広がってしまった。

事件後の操作で2軒だけでなく、多くの簡易宿泊所で違法建築が発覚した。違法建築の内容は、いずれも建蔽率や容積率に関するものだという。狭いスペースに建物をぎっちり詰めて、キャパシティを越えた宿が建てられてしまっていた。

もし、同じような火災が再び起き、宿泊所の密集地帯で起きたらゾッとする。安全面を考えれば行政が新たに市営住宅などを建てるのが一番なんでしょうが、地権者の問題なんかもあり、うまく進みそうもなさそうな気もする。

川崎市と言えば、武蔵小杉の開発をはじめ人口増加が著しく、財政には余裕がありそうなもんですが。

もちろん、Deep好きな人間にとっては、簡易宿泊所は貴重なディープスポットであり、残してほしいのだが、2015年に起きた火災のことを考えれば何とも複雑な心境になってしまう。

こちらは「旅荘 ほていや」。やはり安い。東京や横浜の近くで1600円~1900円という値段は格安と言える。

こちらは「秩父館」。同じく1600円~1900円という安さ。

あいりん地区などでは最近外国人バックパッカーの宿泊者が増えたという声も聞かれるが、さすがにここはそのような雰囲気はない・・・と思ったのだが、

ネットで調べてみると、外国人向けのゲストハウスを提供している宿もあるんだとか

詳細⇒ http://www.kanaloco.jp/article/305518

にしても空き地が多い。

人通りはというと、あまり多くなく、たまにおっちゃんが歩いている程度。ただ、現存している建物には、洗濯物を干す人の姿があったりと生活感が漂っていたので、大勢の人が住んでいるものと思われる。

こちらは日進町のドヤ街マップ。火災で消滅してしまった宿に白く×印があるのが印象的であった。

日進町のドヤ街には、高度成長期に50軒ほど宿泊所があったが、現在は35軒ほどになっている。

こちらは駐輪場。かつてJR川崎駅から貨物列車が走っていた廃止路線である。

今回は日進町のドヤ街の様子をお届けした。最近ではドヤ街近くにunicoという複合商業施設ができたりと、日進町のドヤ街も変化を遂げようとしている。今後、どのような変化を見せてくれるのか注目したいところである。

このあとJR南武線の八丁畷駅から電車に乗り、次の目的地へと向かうことにした。

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