廃墟目録

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かつての名古屋の奥座敷 廃墟と化した千歳樓

愛知県春日井市には千歳樓という廃墟があります。もともと旅館だった千歳楼は名古屋の奥座敷として多くの観光客を惹きつけました。最盛期の1990年代を過ぎると観光客は減少の一途を辿り、2003年に倒産してしまいました。その後、廃墟となり、2008年頃から不審火が相次ぐようになりました。地元の住民から通報が入ったりしたため、警備を強化し、監視カメラが設置されています。廃墟に侵入した若者によって死体が発見されたことから心霊スポットとしても知られています。
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喫茶若王子のいま~哲学の道~

喫茶若王子は1970代に俳優の栗塚旭が始めた純喫茶である。レンガ造りの階段や時計台や、「哲学の道」憩いの喫茶店 若王子という駅名標識風の看板がランドマークであった。2002年に廃業後、住人は居たとされるが、2019年に訪れると空き家風になっていた。廃業後は猫屋敷のようになっていたが、この日は猫の姿を見ることはできなかった。店名の看板は撤去され、哲学の道から続く階段は封鎖されていた。
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国道9号線沿いの廃分譲地を訪問【京都府旧三和町】

京都府福知山市三和町の兎原中に廃分譲地がある。バブル期やそれ以前に造成されたと思われる分譲地には空き家があるだけで、他は空き地か太陽光パネルが設置されている土地になっている。不法投棄を防ぐために入り口にはタイヤが設定されており、車は入れなくなっていた。道路にはヒビが入り、分譲地のブロックは崩れ、空き地には草が伸び放題だった。
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蔦がいい味を出している旧亀岡商工会館

未開の地にて京都スタジアムの開発が行われている亀岡駅の北側。北口のロータリーから一本道を保津川近くまで歩くと、旧亀岡商工会館が見えてくる。蔦に覆われた建物は、いかにも廃墟といった感じで良い味を出している。亀岡商工会館は1958年、観光ホテルと保津川下りの乗船場とレストランを兼ねて建設されたのが始まり。その後、1973年~1999年頃まで、亀岡商工会議所の事務所として使用されていた。現在は一部実験室として使用されており、当日も人の出入りがあった。
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【場所や現地の様子レポート】野洲の廃墟マンションが危険過ぎる状態だった

数カ月ほど前、テレビで話題になっていたのが滋賀県野洲市にある廃墟マンションに入ってきた。2018年の大阪北部地震や台風の影響で、壁が崩れ落ちて危険な状態であった。アスベストや建物倒壊の危険性から、行政による解体指導が行われてきたが、10人ほどいる区分所有者全員の同意を得ることができずに、放置されたままである。分譲マンションゆえの問題が潜んでいると言えよう。2019年3月19日には空き家対策特別措置法に基づく解体命令が出され、このまま解体が行われないと同年11月に行政代執行が行われる。
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伏見桃山城キャッスルランド跡地のいま

1964年に伏見桃山城キャッスルランドはオープンした。その時建設されたのが伏見桃山城の模擬天守である。2つの天守からなる伏見桃山城はキャッスルランド営業時は一般公開されていたが、現在は耐震性の問題などから内部への立入りは禁止されている。遊園地廃止後は伏見桃山城運動公園として営業が続けられ、市民の野外活動の場として機能している。今でも残る伏見桃山城は、伏見のシンボルとして立派な模擬天守を見続けることができるだろう。
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山沿いにある静かな廃校・木造建築が美しい旧須知小学校

京丹波町に旧須知小学校という廃校がある。平成12年に高原小学校と統廃合となり、現在は丹波ひかり小学校として運営されている。昭和10年に建てられた建物は、とてもレトロな木造建築である。その味のある外観から映画「銀河鉄道の夜」のロケ地・舞台となったことでも知らている。建物内には入ることができなかったが、当時の設備が残されていた。現在校舎は児童クラブなどで利用されており、体育館からは子ども達の声が聞こえてきた。
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ほぼ廃神社・伏見区にある大岩神社を訪れた

深草山の主峰・大岩山には大岩神社というミステリアスな神社がある。山頂付近に大岩大神と小岩大神という主祭神が祀られている本殿があり、山麓にも鳥居やお塚が数多く存在する。稲荷信仰の狐やお塚、さらには堂本印象によって彫られた鳥居もある見どころの多い神社である。ただし、鳥居や灯籠が壊れていたり、社務所が廃屋と化していたりと、半ば廃神社と化している。
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大日本帝国陸軍の遺構・大阪砲兵工廠の旧化学分析場

かつて大阪城の外濠、OBP(大阪ビジネスパーク)、森ノ宮電車車庫一体に大阪砲兵工廠が存在していた。大阪砲兵工廠では火砲の兵器製造が行われており、その規模はアジア最大であった。工場の多くは、終戦間近の空爆によって、その姿を消してしまったが、化学分析場の建物、守衛詰所が現存しており、表門跡も残っている。赤レンガの建物が印象的であった。
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明石市唯一の近代建築が倒壊の危機に?安藤家洋館に行ってみた

JR大久保駅から歩くこと、10分。安藤家洋館に到着した。安藤家洋館とは、実業家の安藤新太郎が地元に建設した洋館である。建築物としての価値は高く、明石市のわがまち景観50選にも選出されたほどである。明石市唯一の近代建築は、100年以上無人のままで倒壊の危機が迫りつつある。安藤家洋館がある敷地は、洋館建設前に明治天皇が休憩したことから、明治天皇大久保御小休所建物という石碑が立っている。歴史があり、建築物としての価値が高い安藤家洋館を何とか保存していけないものだろうか。
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