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夜の袋町遊郭跡へ~彦根に残る遊里~

滋賀県北東部に位置する彦根は井伊直弼が統治した彦根藩、彦根城を中心として、城下町として発達した。

廃藩置県により県庁が大津市に設置されたことや、京阪神から離れていることから、県南部に比べると人口の増加は穏やかであったものの、滋賀大学や地方気象台が設置されていることから、現在でも滋賀県北東部における中心地として認識されている。

彦根では城下町や宿場町の街並みがよく残っており、県内でも有数の観光地として知られている。

さて、当サイトではあまり人が行かないような場所を訪れるというコンセプトで一応記事を更新しているわけで、 彦根城や4番街スクエアなど、今回もいわゆる観光地へは訪れることはなかった。

この日、名古屋方面へ行っていたため、彦根へ着いたのは21時ころとなってしまった。駅を降りると辺りは真っ暗。居酒屋などが入居する駅前の雑居ビルの光があるが、明るさは控えめである。

土曜日だというのに人通りもまばらで、閑散とした印象を受ける。

さて、今回目指すのは彦根駅から南へ20分ほど歩いた場所にあるスナック街。スナック街と聞いてピン来た人は勘が良いですね。かつて袋町遊郭のあった場所である。

袋町遊郭跡があるのは彦根市の河原2丁目という場所である。この辺にはまだ遊郭として使用されていた建物が数多く残っているということで、滋賀県民として是非お目にかかっておきたい。。と言うわけで今回訪れた次第である。

ここ袋町遊郭もほかの遊郭跡と同様、売春防止法の施行とともに、遊郭としての営業が停止することになった。

彦根は古くからの城下町ということで、車一台通るのがやっとというくらいの狭い道が続いている。そして、暗さもあって夜歩くと少々不気味さを感じる。

ようやくこの辺で飲み屋らしき、看板を見つけた。そろそろ袋町遊郭跡につきそうだ。
袋町遊郭があるのは彦根市の河原町2丁目。これが現在の住所だ。

ちょうど芹川と花しょうぶ通りに挟まれた一角である。

地区内に入る前に、銀座通りに寄り道することにした。

まだ午後9時台だというのに、人通りはなく街頭も暗い。ときおり自動車が走るだけで、あとは寂しげな雰囲気が漂っている。

こちらは銀座町方面。銀座町という名前にしては物寂しい。昼間はもう少し人通りがあるのだろうが、賑わっているとは到底思えない。

鮮魚を運ぶ箱だろうか。彦根の夜は早い。

アーケードのある通りは全体的に暗いのだが、一軒だけ煌々とネオンの光るお店がある。ここはガールズバーのようで、客引きのお婆さんや案内所まである。

明かりの少ない地方都市では、余計に目立つし周囲と比べるとアンバランスな印象を受ける。

しばらく歩いていくと芹川にかかる芹橋に到達した。この辺でアーケードを東に入って河原町にいこう。と思った瞬間、雨が降ってきた。ものすごい雨音で夕立のような雨であった。

アーケードで雨宿りするしかなく途方に暮れていたが、せっかく来たので少し雨足がマシになったスキに路地を撮影。雨に濡れた道路の向こうに、シャワーのような雨で見えずらいが微かにスナックなどのネオンが見える。

このあたりがかつて袋町遊郭のあったエリアだ。

なかなか雨は降りやまず、多少濡れても仕方ないと割り切り撮影を続行。なかなかレトロな建造物が残っておりました。

途中、駐車場の屋根で雨宿りしながらも、撮影を続けた。ちょっと幻想的な感じがしたのは雨のお陰かもしれない。

なかなか止まない雨の中、クラブやらスナックやらがひしめく通りを進んでいく。にしてもライトが濡れた道路に反射してとても綺麗だ。

終電のこともあるし天気が心配・・・・だが、ようやく雨が降り止んだ。

さらに東へ進むと看板が増えてきた。ここら辺はスナック街となっているが、遊郭の趣が感じられる建物が現存しているのだが、夜ということで残念なことに木造の格子だの
は見ることができなかった。

感じ一文字で「発」。印象的だったのでパシャリと一枚。木造建築もかろうじて映っている。

あとはネオン街を散策することにした。都会で見るネオン街と言えば、駅の商店街に隣接していたり、繁華街の中にあったりと、ほかの賑やかな街と連続していることがほとんどである。

しかし、彦根のような地方都市においては、暗闇の中、急にネオンが現れることが多く、異世界に紛れ込んだかのような感覚に陥る。

建物の中に続く小道にもスナックの看板が現れる。ときおり聞こえてくるカラオケの音を聴いてみるのも面白い。

こんな感じで手書きの看板もあって、アットホームな感じで落ち着く。

ネオンに照らされた路地を進んでいくと、再び暗闇が迫ってきた。この通りはここで終了のようだ。

この辺は少し街灯が明るいので、木造家屋の細部を確認することができる。弁柄格子というのだろうか。なかなか格式の高そうな建物だ。

この辺で袋町遊郭の詳細を説明しておこう。袋町遊郭が誕生したのは明治9年のこと。

その後、規模は拡大して昭和初期には70件近くの座敷数、娼妓は80人、芸妓100人、舞妓20人というかなり大規模な遊郭街であったことがわかる。

もちろん、袋町遊郭もほかの遊郭と同様に、遊郭街としては廃れていく運命をたどったが、まだまだ歓楽街としては元気である。

それは彦根という街が拠点性を持ちながら、独自の発展を遂げているからだろう。大都市圏から離れたエリアにありながら、観光業と工業が元気なことで、人口も減少していない。

路地を今度は南へ出ると、少し坂があり、その小さな坂を上ると芹川沿いに出てきた。

坂の上から再び袋町遊郭跡を見下ろす。にしても本当に狭い路地だ。袋町遊郭とは、狭い路地、つまり袋小路があることに由来しているそうだ。

再び割烹しょうざんの建物。こちらから見ると、街灯によってより壮大に見えるのは気のせいではないだろう。

あともう少し、袋町遊郭を見ていこう。こちらは先ほどとは別の路地だ。こちらも賑やかである。

ここは花しょうぶ通り。袋町遊郭のエリア外だが、街灯が本当にきれいだ。彦根の町は静かだが美しい。これはお世辞抜きに、今回夜の彦根を歩いた感想だ。

街灯も素晴らしい。建物や街で観察できるモノ一つ一つが繊細に作られている。

あともう少しだけ、スナック街を見て、そろそろ帰ろう。

今回夜に訪れるということで、撮れ高は大丈夫か?と心配していたが、これはこれで素晴らしいと感じた。夜に訪れる遊郭跡というのも良いものかも知れない。

袋町遊郭の鑑賞を楽しんだところで、再び暗闇へと入っていく。次はどんな遊郭跡へ行こうかな、と考えながら彦根駅へと戻った。

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